『ロビンソン・クルーソー』 by ダニエル・デフォー

ロビンソン・クルーソー
ダニエル・デフォー
唐戸信嘉 訳
光文社
2018年8月20日 初版第1刷発行

 

 福音館書店ピーターラビットシリーズの最終巻で、こぶたのロビンソンがたどり着いた島のことをしりたければ、ロビンソン・クルーソー』を読んでみて、とでてきたので、読んでみた。

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多分、子供の頃に子供向けの本で読んだことはあるような、、気がする。。。。無人島にたどりついちゃった人のお話・・・くらいしか覚えていなかった。なので、改めて、、、読みやすい光文社古典新訳文庫を図書館で借りて読んでみた。

 

本の裏には、
” 船に乗るたびに災難に見舞われる ロビンソン。 無人島漂着でさすがに悪運尽きたかと思えたが、住居建設、家畜の飼育、麦の栽培、パン焼きなど、試行錯誤しながらも限られた資源を活用して28年も暮らすことになる。創意工夫不屈の精神で生き抜いた男の波乱の人生を描いた傑作。”とある。

えぇ!!28年も?!そんな話だったっけ??

 

著者のダニエル・デフォーは、1660年生まれ。イギリスの小説家。1660年!!え!!江戸時代!!そうなのだ、ロビンソン・クルーソーは、300年以上も前に書かれた本なのだ。それが、今も読み継がれている、、、、。お化け作品だ。デフォーは、小説家であり、ジャーナリストでもあった。 ロンドンでプロテスタントの家に生まれたため、非国教徒のための学院で学ぶ。卒業後は商人となるが、 32歳で破産。 その後は著述家 ジャーナリストとして活躍しながら政治家の密偵も務める。 1719年に『 ロビンソン・ クルーソー』を刊行。これは、英国文学初の小説の一つとされ、後世に多大な影響を与えた。

そうか、そうか、、、、そういう古典だったのか!!

 

そして、デフォーの生きた時代こそが、スコットランドイングランドとの戦いと統一の歴史の時代だったのだ。政治家の密偵というのは、その統一に向けた密偵だったのかもしれない。。。

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と、そんな時代背景を心に留めつつ、イギリス最初の小説といわれる『ロビンソン・クルーソー』を読んでみた。

 

感想。
へぇ!!ちょっと、アナーキーというのか、ロビンソン・クルーソーって、こんなに大人な話だったのか!!面白い。面白いけれど、ワクワクドキドキの冒険物語とはちょっと違う。。。。時代背景もあるのだろうけれど、宗教的でもあり、人生教訓的でもあり、、それでも、懲りない男、ロビンソン・クルーソー

 

時代が時代だから宗教に関しては、まだカトリックプロテスタントに分裂したり、国としては一つの宗教しか認めない、という時代。ロビンソンは、信心深いほうではなかった。創意工夫と不屈の精神は、無人島で生きていくために身に着けたというより、家を飛び出していく時点で、「不屈の精神」や自分で何かをやり遂げたい願望が、人より強かったのだと思う。決して、おとぎ話ではない。厳しい現実と対峙する本といった方がいい。読む人によって、受け取り方は色々だろうな、、、って思う。

 

訳者あとがきまで含めて、587ページの分厚い文庫本。でも、面白い!読みだしたら止まらない。。。え?!そんなこと起きちゃうの?え??どうして1人で何年も生きていられるの?

 

ネタバレも何もないくらい、、、有名な話だろうけれど、ちょっとだけストーリーを・・・。

お話は、ロビンソン・クルーソーが、自分の過去をふりかえって語るかのように綴られる。

 

”私は、1632年にヨークで生まれた。家庭は裕福であったが、土地の者ではなく、父はブレーメン生まれのドイツ人で、、、”と始まる。

 

3人兄弟の末っ子だったロビンソンは、両親にのびのびと育てられる。そして、両親は、ロビンソンが、自分たちと同じようにほどほどの中流階級で、幸せに生きてくれることを願った。金持ちにも、貧乏人にもならず、ほどほどで。でも、ロビンソンは、そんな両親の期待を裏切り、冒険に身を投じていく。のびのびと育てらるなかで、「道への挑戦」とか「不屈の精神」が身についてしまったのだろう、、、。末っ子、あるある。

 

或る時、船長の息子である友だちに誘われるままに船に乗り、最初の航海にでる。両親に黙って。家出同然でということ。そして、最初の航海でまんまと遭難・・・。船はマストを失い、浸水。乗員がボートで脱出すると、のっていた船は沈没した・・・。命からがら、陸にたどり着く。そんな経験をしたのに、ロビンソンは、両親の元へ帰らなかった。沈没した船の船長からは、「君が家に帰らなければ、どこへ行こうと災難と失望がまっている。」といわれ、二度と船に乗るな、と言われた。それにも関わらず、ロビンソンは再び海に出る。
一時は、ブラジルでビジネスを成功させたりもするが、数年も落ち着いた生活をするとすぐに飽きて、海にでたくなる。そして海に出て、再び遭難。海賊に襲われて、奴隷にされて数年を過ごす。奴隷状態から逃げ出すために、再び海へ。。

 

結構えぐいのは、自分の自由を得るために、ロビンソンは、奴隷仲間をダマしたり、殺したりしている。。。当時の感覚だと、奴隷はそういうものなのか。。。。

で、逃げ出したと思ったら、また遭難。そして、たどり着いた島で暮らした28年間が語られる。

途中、日記になっていたり、後述のかたりになっていたり。ロビンソンは、無人島に到着したときから木にメモリをつけて、日にちを数えていたのだ。ちゃんと、今何年目、、、って数えながら暮らしている。

最初は、難破した船から食料などを運び出して生きのびる。銃や火薬がちゃんとあるところがちょっとおとぎ話てき。そして、1年、2年、、、物語は、どんどん年数がたっていく。最初は、野性のヤギを銃で打って食料としていたのが、火薬を温存するために罠をしかけてヤギを採るようになる。そして、そのうち、ヤギを飼いならして家畜化して、ヤギのミルクまでゲット。

 

物語は、まるで、人間の文明革命みたい。必要に迫られると人間は色々と考えるものだ。雑穀を捨ておいたところから芽が出て、穀物の栽培を思いつく。農業も、酪農も、人が生きていくのに必要なことを、ロビンソンは1人で粛々と続けていく。

あまり、「神」を信じることのなかったロビンソンだけれど、いきなり芽がでて麦が育っていくのをみて、ちょっと神の奇蹟を感じる。でも、すぐに、それは奇蹟なんかではないとおもううと、神を想う気持ちも失っていく。

ところが、長く一人でくらしていることで、自分としか対話できないことから、神との対話もするようになる。聖書が唯一の読書だったのだ。そして、遭難というとんでもない不幸にあってたものの、こうして1人で生きていることで、自分自身は開眼している。そのことを神に感謝しよう、という気持ちになっていくのだ。

人間って、変われば変わるものだ、、、。面白い。

 

どんな経験も、人を成長させる。。。

 

畑をつくって、家畜を育て、ロビンソンは何不自由なく暮らす生活に満足していた。その間にも、増えすぎた猫を殺したり、穀物をねらう鳥を追い払うために、鳥の死骸を吊るしたり。残酷な行為を、いとも簡単にやっているのもすごい・・・。

 

28年もいたもので、難破した当初に一緒にいたイヌは老衰で死んでしまう。オウムのポルだけが、ロビンソン以外に「ロビンソン」と声をだす仲間だった。人との会話がないままに、ロビンソンは島で一人暮らしていく。

何年も暮らして島の周りを探索しているうちに、島に人食い「野蛮人」がやってきて、人を食べているということに気が付く。野蛮人におびえながらも、野蛮人と戦うことを考えるロビンソン。人肉食いという、ロビンソンにとっては悪魔の所業としか思えないことをする野蛮人は、ロビンソンにとっては殺してしかるべき人間。皆殺しにしていい相手だ。しかし、ロビンソンは、はたして、本当にそうなのか?彼らには彼らの文明があって、自分がヤギを殺してたべているのと、人肉をたべている彼らと、何が違うのか???と、迷いも生じる。

そのあたりの心の葛藤が、なかなか興味深い。

でも、結局は、ロビンソンは野蛮人を殺しまくる。

 

ロビンソンは無事なのだが、捕虜になっていた奴隷を助け、この無人島にやってきてからはじめて人間にであう。金曜にやってきたので、「フライデー」と名付けた奴隷とはそのあと仲良く暮らしていくこととなる。フライデーがやってきたあたりから、無人島に人の気配が増える。また、別の船がやってきて、スペイン人を救ったりもした。
そして、最後にはとうとう助けた船長といっしょにイギリスに戻るのだ。

 

そして、結婚し、子どももできた。それでも、ロビンソンは再びかつてビジネスをしたブラジルの地へ出かけていく。。。またそこでも命の危機に、、、。

 

どこまでも、冒険の人生なのだ。そして、いつも命を脅かす危険にさらされる。

淡々と、ロビンソンが生きてきた時間が語られる。いやぁ、無人島で一人で、、、いったい、何年だったら生きていられるだろうか・・・。飽きるよなぁ、、、とか思っちゃう。

食料については、農業をしたり酪農をしたりで工夫したことがわかる。そのうち、土器をつくって甕や鍋モドキを作ったりもしている。でも一つ、大事なことを忘れているよ!!

 

トイレ!

の話は、まったく出てこなかった。

お風呂もどうしたのかねぇ。

島に、真水はあったことになっている。

 

無人島で生きていくなら、水、火、食料、、、。ロビンソンが到着したのは赤道近くの島だから、寒さ対策はいらなかったけれど、日差し対策に傘をつくったりしている。

でもさ、やっぱり、トイレはどうしたのかしら?

って、そんなところが気になった。。。

 

ロビンソン・クルーソー。300年前の作品とは思えない新鮮さがある。

実は、一緒にEnglishバージョンも借りてみた。

 

I was boen in the year 1632 in the city of York, of a good family, though not of the country, my father being a foreigner of Bremen who settle first at Hull.

 

とてもクラシカルな英語というか、基本英語。これは読みやすそう。ちょっと、気晴らしにね、英語も読んでみよう。。。

やっぱり、古典はいい。