『注文の多すぎる患者たち』 by  ロマン・ピッツィ

『注文の多すぎる患者たち  野生動物たちの知られざる 診療カルテ』 
ロマン・ピッツィ 著
不二淑子 訳
 株式会社ハーバーコリンズ・ジャパン
2024年1月18日 発行 第1刷

Exotic Vetting  - What Treating WIld Animals Teaches You About Their Lives (2022)

 

日経新聞の2024年3月2日朝刊の書評に出ていたので、図書館で借りて読んでみた。

原題は、『エキゾティックな(風変わりな?)獣医』なのだけれど、、、、「注文の多すぎる・・・」というタイトルは、日本でなければキャッチ―ではないだろう。

 

記事では、

”本書の魅力は、患者たちの多様な生体構造と治癒の仕方、最適解を求める著者らの奮闘を垣間見るにとどまらない。最終章の「保全する」に至って著者は、地球上に野生動物のスペースを増やすため、誰にでもできることがあるとメッセージを発す。それは動物性食品の摂取量を減らすことだ。私たちがどんな地球に住みたいと願い、何を幸福と考えるかの問いかけとなっている。”と。

 

副題にある通り、 患者と言っても人間ではない。野生動物たちのお話。表紙をめくると、カラーの写真付きのページが数枚続き、様々な種類の野生動物の写真と、その患者としての特徴が書かれている。

ヤマアラシは臓器を触診することは 麻酔なしには不可能だ、とか、 象はその体格から CT や MRI スキャナーでの画像診断には限界がある、とか。。。哺乳類だけではない、フクロウの顔は主に羽毛でできていて、目の独特な形状を維持するための細い骨のX線写真がでていたり。鳥かとおもえば、 コドモオオトカゲ、アシカ、タツノオトシゴ、、、、。

通常獣医というのも、人間の医者に内科とか外科とか専門があるように、哺乳類とか、鳥類とか、、、専門があるのかと思ったら、 どうやらこの人は何でもかんでも見てきた人みたい。エキゾティックだ。

 

著者のロマン・ピッツィは、 英国獣医動物学会 会長。 王立獣医師協会が認定する獣医師のエキスパートであり、野生動物外科の世界的権威として知られる。長年にわたり エジンバラ 動物園、スコットランド国立野生動物保護センターで活躍。 国際自然保護連合(IUCN)メンバー。

ソフトカバーの単行本だけれど、けっこう分厚い。495ページ。

 

目次
はじめに
1  セイウチの自殺願望 麻酔する
2  靴紐でワニを捕まえる 捕獲する
3  狼の毛でストレスを測る 採取する
4  ヤマアラシのつかみ方とフクロウの目の覗き方  触診する
5  ハブの心臓に針を突き刺す 採血する
6 シカが鎌状赤血球貧血で死なない理由  検査する
7  キツネザルの数値は嘘をつく 診断する
8 カメの偏頭痛と 6本指のキツツキ 撮影する
9 空対空ミサイル はいかにしてクロサイを助けるのか  検温する
10 ゴリラの心臓にペースメーカーを植え込む  手術する
11 機嫌の悪いカバの歯科治療  歯を治す
12 マナティーのジャンクフード 給餌する
13  スプーン1杯のアリで薬を飲ませる 投薬する
14 靴と交尾するペンギン、 精子のいらないコモドオオトカゲ  繁殖する
15 クマのプーさんは射殺された 解剖する
16 シャチのケイコを追え 野生に帰す
17  ドードーからジャワサイまで 絶滅動物たちの墓碑 保全する

 

感想。
なんとまぁ、、、多くの生き物たちが、、、、。正直言って、でてくる動物の名前がわからない。まぁ、たくさん、たくさんの動物の名前が出てくる。セイウチ、タツノオトシゴ、ゾウ、、、、なんていうのはわかりやすい。ゴールデンターキンバーバリーシープ??そして、一つの話から、 マッコウクジラ、ミズナギドリ、 イワトビペンギンハイイロアザラシ、アオウミガメ、、、とたくさんの動物の話に展開していく。

まぁ、、、よっぽど動物に詳しくて、動物好きなら熟読しちゃうかもしれないけれど、私は読んでいるうちに、めまいを感じた・・・・・。世界がひろすぎる~~~。

 

でも、面白い!

 

最初のセイウチの話では、セイウチは麻酔をかけると必死に息を止めて自殺しようとしちゃうということ。セイウチは潜水反射により水中で30分以上も 息を止めることができる。 酸素を節約するために心臓の鼓動を遅くし、脳や心臓といった重要な臓器の血液と酸素の供給を最大化するのだ。セイウチは、麻酔をかけられると、水中にいると思い込み、 呼吸を止めて 心拍数を下げる。麻酔を長くかければかけるほど、呼吸はとまったまま、、、、という重大事態が発生してしまうのだ、と。

 

そして、麻酔には150年以上の歴史があるけれど、 実は麻酔薬が効く正確な生理学的メカニズムはまだ分かっていないのだそうだ。なぜある化合物が投与されると脳は意識を失い患者は痛みを感じないのか?麻酔は睡眠とは全く違う。投与量が多ければ患者は死ぬ。 麻酔薬は結局のところ毒物、ということ。

そうかそうか、いわれてみればそうだ・・・・。

 

人間だって、人によって必要な投与量が違う。ちなみに、私はいわゆる胃カメラを飲むときに鎮痛剤のようなものでも過剰に効いてしまって、通常の人が1時間で覚醒する量でも、半日以上目覚めることができない。。。しかも、もともと心拍数が低いので、私の心臓は脈拍30台まで落ちるそうだ、、、。計器はアラームを鳴らし、医者も看護士もびっくり。と、なることが30代の時に判明して以来、通常の人の1/5くらいの投与にしてもらうようにしてきた。それでも、「では、薬いれますねぇ、、、、」の言葉を聞き終わらないうちに、私の意識は無くなる。。。まだ、一度も死んだことはないので、一応、麻酔として有効に効いていると言える。。。

 

と、麻酔だけでなく、薬の投与、骨折の治療、治療のための捕獲の仕方、、、動物によって本当に様々だ。1人の獣医が、これだけたくさんの動物を見るのかと思うと、めまいがするくらい、、、多岐にわたる。いやぁ、、、、すごい。国境のない医師団も、僻地での人命救助活動にあたっていてすごいと思うけれど、野生動物保護の獣医さんもすごい・・・・。

患者は、獣医を敵とみなして攻撃してくることもあるわけで、命がけ。毒蛇だっていれば、人間の何倍もの体重のあるゾウ、サイ、、、あるいは、ライオン、チーター、、、。

本当に話が多岐に渡りすぎていて、私には、ついていけないところもあったけれど、ひたすら、感心してしまった。

 

でも、本当のところ、野性の命に人間が手を加えるってどうなのか??という疑問もわいてきた。著者も、そういう疑問をもったことがないわけではないそうだ。ただ、人間によって傷つけられてしまった動物を見殺しにすることはできない、、、と。

人間が放置したゴミ、プラスチック、毒物、、、そういったもので傷つく野生動物は後を絶たない。あるいは、人間による都市開発や農地開発によって、住む場所を失われてしまった動物、環境が大きくかわってしまった動物たち。彼らを見殺しにはできない、、、。うん、なるほど、獣医だったら、そうだろう。。。

動物によってことなる生態。人間と同様の診断方法は使えない動物たち。心臓の形も違う。脳の形も違う。骨格も違う・・・。歯科治療も行う獣医さん。いやぁ、、、もう、マジシャンのようだ。。。

 

時には、動物園の動物の治療にあたることもあるそうだが、やはり、野性とはことなる生活をしている動物は、またちょっと違う。。。

 

動物園の動物たちは、私たちに動物のことをおしえてくれるために、野性の人生(動物生?!)を犠牲にしてくれているのだよな、、、と思った。

 

私も、動物は好きだけれど、獣医になろうと思ったことはないし、ペットとして飼おうと思ったこともない。今の生活では動物の世話ができないから、、、。でも、やっぱり、動物の生態って面白いんだなぁ、、って思う。

 

野生動物の話の本だけれど、動物園の動物のことへも思いをはせることができる一冊。

生き物好きなら、お薦め!

 

ちなみに、「クマのプーさんは射殺された」、、、っていうのは、解剖の話の中ででてきた。本当に、最後は老衰で射殺されたのだそうだ。著者が病理医時代、解剖の合間に通った動物学会図書館で、ウィニペグクマのプーさんの主人公)、アメリカグマの検視詳細の手書きインデックスカードを見つけたという。ロンドン動物園には、いまでもウィニペグの写真が残っていて、その中にはA・A・ミルンの息子である幼いクリストファー・ロビンウィニペグにスプーン1杯のハチミツを与えているものもあるそうだ。

そうか、プーさんには、モデルのクマがいたのか・・・。

megureca.hatenablog.com

 

読書は、楽しい。