『キツネとわたし 不思議な友情』 by キャサリン・レイヴン

キツネとわたし 不思議な友情
キャサリン・レイヴン
梅田智世 訳
早川書房
2023年4月20日 初版印刷
2023年4月25日 初版発行
FOX AND I An uncommon Friendship (2021)


日経新聞(2023年6月24日)書評で紹介されていた本。
記事の最後には、
”原生地域での人と動物の共存の可能性を緻密に描いた本書は、自分の内に「荒ぶる自然」を抱えた女性の成長の姿も映し出す。人間の生き方に希望をもたらす稀有(けう)なノンフィクションといえる。”とあり、気になったので、図書館で予約してみた。すぐに借りられた。

 

表紙裏には、
生物学者は動物を擬人化してはならない。 野生の動物に人間のような性格など存在しない。 だからこそ私は毎日16時15分になると玄関先に現れる そのキツネをあくまでも〈キツネ〉と呼ぶことにした。
時に 『星の王子さま』を 読み聞かせ、時に原生地域を共に探検するうちに、互いの距離は縮まっていく。 研究者と実験動物、 飼い主とペットとも違う。私と〈キツネ〉は確かに友達になっていた。
 〈キツネ〉と過ごしたかけがえのない日々の思い出を通じて、人間と自然、その共生の真実を描き切る、 ニューヨーク・タイムズ・ ベストセラー”
とある。
 
早川書房の可愛らしい表紙の単行本。訳者あとがきも含めると406ページで、それなりのボリューム。全編で展開されるのは、著者の自然観察日記であり、日常生活エッセイであり、静かに淡々とつづられていく感じ。

 

著者のキャサリン・レイヴンは、サウス大学教授。モンタナ州立大学で生物学の博士号を、モンタナ大学で動物学と植物学の学位を取得。 アメリカン・メンサとシグマ・サイの会員。 グレイジャー、 マウントレーニア、 ノースカスケード、ボエジャーズ、イエローストーン国立公園で公園管理室を務めた経験を持つ。 本書は ニューヨーク・タイムズ・ ベストセラー、 クリスチャン・サイエンス・モニター 年間ベストブックに選出されたほか、ノーチラスブック アワード金賞など多数の賞を受賞した。

 

アメリカン・メンサとは、人口上位2%の知能指数 (IQ) を有する者の交流を主たる目的とした非営利団体脳科学者の中野信子さんもメンサの会員。

シグマ・サイは、米国科学研究協会員(Sigma Xi, The Scientific Research Society)のこと。

要するに、著者は、とても頭のよい人ということ。だから、ベストセラーになったのかな?!

 

目次
サン=テクスのボア
トビイロホオヒゲコウモリ
 ハタネズミの森
 2匹の黒いイヌ
雨のキツネ
踊るハエ
踊るキツネ
パンサー・クリークの子ジカ
リバー・ キャビンでの最後の日
爬虫類の機能不全
フランケンシュタイン博士とフランケンシュタイン
いたずら の無限の可能性
マキバドリ
まだらのキツネ
エルクとアナグマ
ゾウ 
クジラとホッキョクグマ
カササギ
ニシアメリカフクロウ
サンドダラー
薄黒毛色と黄麻布色の野原


感想。
なんだろか、これは。。。。自然を偏愛する動物学者の自然観察日記、という感じ。そして、そこに、〈キツネ〉だけでなく、彼女の住む家の近くに現れる動物たちとの交流。交流と言っても、著者は、自然動物との不自然な交流は慎む。あくまでも、生物としての共生。
自然の観察と、その時に感じたこと、思い出したことが徒然なるままに、、語られている。
父親から愛されずに育ったと自覚する著者は、10代で家をでてから、孤独と自然を愛して過ごしてきた。そして、大学で自然について学生に教えること、自然公園にやってきたひとに自然について語ることを生業としている。今住んでいる場所は、3年前に購入し、大学へ毎日通える場所ではない。

”最寄りの駅から100キロ彼方にある私のコテージは、現役世代の女の一人暮らしにふさわしい場所ではない”、らしい。

 

『星の王子様』のANTOINE DE SAINT-EXUPERYを「サン=テクス」と呼ぶ著者。サハラ砂漠に不時着した「ぼく」は、人の住む場所から1000マイルも離れたところで野宿した。それに比べれば、100キロ(≒62マイル)なら、可愛いものか。。
でも、とおりに名前がないので、住所もないところに著者はすんでいる。大学の同僚や、自然公園の同僚など、友人はいる。教え子のことも、大事におもっていないわけではない。
でも、彼女の友達は、彼女の家に現れるようなった、一匹のキツネだった。ペットではない。実験動物でもない。彼女は、キツネに名前を付けて呼ぶようなことはしなかった。でも、他のキツネとは違うから、〈キツネ〉。餌付けしたわけでもない。でも、彼女のところへやってくるようになった〈キツネ〉。半死半生の獲物を加えて彼女のもとへやってくる〈キツネ〉。夕方、4時15分になると、〈キツネ〉はやってきた。数か月の紆余曲折をへて、そのようなルーチンの交流が行われるようになった。

 

彼女は、〈キツネ〉に『星の王子さま』を読んで聞かせる。そして、サンン=テクスが王子様の願いを聞き入れて、ヒツジの絵を書いたのは、きっと親切心なんじゃないかな?と〈キツネ〉に語りかける。15秒待つ。〈キツネ〉の話す番として、15秒。そして「箱を書いてその中にヒツジがいるっていったら、うまくいった」15秒待つ。

そんなことを繰り返したらしい。

 

そして、目次からわかるように、各章で様々な動物や植物がでてくる。そして、そこから、彼女の気づきの言葉が綴られる。

 

あんまりにも淡々としているので、途中で読むのをやめようかと思った。でも、どうにも気になって、ついつい、、、、読んでしまった。読んでいると、時々はっとするような言葉が並ぶ。なんなんだかな。。。説教くささはゼロ。でも、何かをうったえかけてくる感じ。

『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』 ペーター・ヴォールレーベン著に近い雰囲気がある。

megureca.hatenablog.com

あるいは、リチャード・パワーズの『オーバーストーリー』のような。

megureca.hatenablog.com

 

 

心の残ったところを覚書。

カササギとキツツキが、同じ場所に住みながら異なる生活をしているのを見て。
”「なにかをひとつだけとりだそうとすると、それが宇宙にあるほかのあらゆるものとつながっていることに気づく」 ジョン・ミューアの言葉を思い出す。”
うん、繋がっている。世界はつながっているんだよね。

 

・毎日毎日、同じところで同じ草を食べ続けるシカを見て。
”シカたちは、明日も同じ植物を食べるのだろう。その次の日も、秋が来るまで毎日。そして、毎日、食べた葉を吐き出した後、長い顎をあちらへこちらへと向けて、驚いた顔で互いにみつめあうのだろう。こんなにまずいなんて、びっくりだよね、と言っているみたいに。”
同じことを繰り返すシカに、感情があるかのように表現しているところがクスリと笑えた。

 

・生物の分類について、小学校でならったゴロ合わせ。
“あなたも覚えているだろう。 King Phillip Calls Out For Great Sex.”
何のことかと思ったら、
kingdom 界
phylum 門
class 網
order 目
family 科
genus 属
species 種
と、生物の分類学の階級。こうやって覚えるなんて、初めて聞いた。日本語でもなにかゴロ合わせあるのだろうか?
微生物が専門の私がつかうのは、せいぜい、属・種・・・。

 

・ロシアの遺伝学者、ドミトリ・コンスタンティノヴィッチ・ベリャーエフ博士のやったキツネの実験。人為的選択で、人なつこいキツネをつくった。人と一緒にいても臆病にもならず、ケンカもふっかけてこない人なつこいキツネを選んだ。ペットのブリーダーがやるように、人なつこいキツネ同士を掛け合わせて、どんどん人なつこいキツネを作っていった。そして、柔順なキツネの割合があがっていった。そうしたおとなしいキツネたちは、形態的にも変化した。尾がカールし、耳がたれた。まだら模様の毛皮、尾の先に白い房飾りをつけ、黒いロングブーツをはいている。ベリャーエフ博士は、おもに、ブロンドと赤と灰色の毛を持つキツネは、なつかせるのは無理な傾向を報告した。

この話は、他の本でも紹介されていたことがある。学術的に意味のあるはなしだったのか、、と、驚いた。たんなる、商品価値を上げるための強欲なロシア人がやったことかとおもっていたら、ちがった。遺伝学者の話だった。

 

・自然との関わり合い方のお手本として、自然動物の行動の解釈として、ハーマン・メルヴィル『白鯨』が度々引用される。名作。でも、たぶん、読んだことはない。いつか、読んでみよう。。。


・大荒れの天気の後、〈キツネ〉の姿が見えない日が続き、、、不安が続く。相談する相手もいない。でも、
”動物は死ぬ!死は避けられない!自然は残酷なもの!と言ったりする人もいない。それがありがたかった。”
結局、このあと、〈キツネ〉は再びあらわれるのだが、余計なことを言う人が近くにいないというのは、一人でいることの幸せな利点かもしれない。

 

・自分の人生で歩んできた道を振り返って。
”わたしは、サン=テクスが「プチ・ブルジョア」と呼ぶものにほとんどなりかけていた。つまりは、金ではなく創造性の不足した人間。私は、自分で自分の道を選ぶかわりに、社会につくってもらった鋳型に足を踏み入れた。さいわい、粘土が固くなる前にでることができた。”
サン=テクスが、『人間の土地』のなかで、若いうちなら、やわらかい粘土のように未来の形をかえられる、と書いている。やわらかく、想像力が絶えず未来をかたち作る。でも、おとなになると、型にはまって、入り込み、入り込むともう形をかえることができなくなる、、、と。

さて、私は、鋳型にはまりこんでいるだろうか。。。私は、永遠に粘土の中にいたい。

 

・オリに入れられたハヤブサをみて感じたことを〈キツネ〉に語る。
”「おとなになったいま、わたしがなになるつもりか、わかる? 動詞」”
動詞をきいたのだ。「何になりたいか」ではなく「何をするのか」
”なにかになる必要などない。わたしに必要なのか、なにかをすることなのだ。”

これ、強く共感。
「お金持ちになりたい」ではなく、「何をしたいのか」が大事。
いくつになっても、これは、自問自答し続けるのがいい。きがつくと、「〇〇になる」ことを目指してしまっていることがある。問題は、〇〇になって、何をしたいのか、ということ。これ、本書の中で一番大事なところ。

 

ドクター・スース著『ぞうのホートンひとだすけ』。〈キツネ〉が、『星の王子様』の次に読み聞かされることになった本。いつか、読んでみよう。。。


と、他愛もなく、淡々とつづられた一冊。早川書房っぽいなぁ、って感じがする。
クライマックスがあるわけでもない。劇的な素敵なことがおこるわけでもない。
それでも、自然は繰り返す。

人生も、生き物の営みの一つにすぎない。。。。みんな、繋がっているのだから、自然をないがしろにしてはいけない・・・。ダイレクトにそう書いてあるわけではないけれど、そういう気持ちになる一冊。

時間がたっぷりあって、どんな自然をも愛する気持ちがあるなら、おすすめの一冊。
自然は、優しいだけではない。ときに厳しい。人生も、ね。