『風をとおすレッスン  あいだで考える』 by 田中真智

風をとおすレッスン
あいだで考える 人と人のあいだ
田中真智
創元社
2023年8月10日  第1版第1刷発行

 

真智さんの本だから、読んでみた。

 

田中真智さんは、1960年生まれ。あひる商会CEO立教大学観光研究所研究員、 元立教大学講師。 エジプトに8年にわたって 滞在し、 中東・ アフリカを旅して回る中で、コミュニケーションや対話について考えるようになり、アヒル商会を設立。

 

ご縁あって、一度、お会いしたことがある。真智さんの不思議な魅力にすぐに惹かれた。まじめに、「あひる商会」とおっしゃるので、はじめは冗談かと思ったら、真面目な話だった。それ以来、私もあひるの魔力に惹かれている。自分で、あひるグッズを集めるには至っていないけれど、気が付けば、あひるのマグネットとか、、、以前から持っていたことに気が付いた。きっと、あなたの家にも一つくらいあるはず、あひるグッズ、、、なんてね。

 

本書は、「あいだで考える」というシリーズで、「 10代以上 全ての人のための人 文書のシリーズ」だそうだ。イラストも入っていて、やや小さめな大きさといい、ほっこりする感じの本。

 

表紙をめくった裏には、
だが、つながりを断ち切れば
自由になれるというわけではない。
人とのつながりなしに自由はありえない。
大事なことは、
「つながりにとらわれないこと」だ。
 そのためには、つながりを断ち切るのではなく、
ゆるめることだ。
と。
真智さんらしい言葉。

 

ちなみに、こんな優しい言葉がこぼれる真智さんは、女性ではない。ひげをはやしたオジサンです。

 

はじめに 「つながり」をゆるめる
1章  「私」の中の小さな 私たち
2章  対話と「間」
3章  人への距離
4章  物語と焚き火の時間
おわりに 天使を通すレッスン
人と人のあいだをもっと考えるための作品案内

 

感想。
あぁ、、、いい。
ちょっと、涙がでちゃうくらい、優しい。
特に思い当たることがあるとか言うわけがなくても、、、これは、心に響く。
あぁ、真智さん、ありがとう。優しい言葉をありがとう。

でも、きっと、真智さんは誰かを慰めようとか、励まそうとか、そんなことで言葉を紡いでいるのではなく、自分の中からふつふつを湧いてくる言葉を綴っている。だから、、響くのだ。

 

この本の中の言葉を、どう受け止めるかは読み手次第。でも、きっと、はっと気が付く何かがあると思う。

 

第1では、真智さんが旅行するときにあひるとかっぱをつれていく、という話。大の大人が、あひるとかっぱのぬいぐるみをつれて旅しているのだ。そうしているうちに、あひるとかっぱが、自分の言葉で語り出す。「自分」がつくりだした、「一人称」ではない自分がいることに気が付く。自分の中の複数の声を聴き取ることができるようになってくるのだ、と。

 

ちょっと、わかる。ふと、不愉快な目にあったとき、三者になって自分を見つめる目をもっていると、冷静になれる。あひるやかっぱは、その第三者になってくれるのだ。あひるが「ここでおこっちゃだめだよ」といってくれる。ふと、緊張がほぐれる。うん、わかるな、その感じ。

 

「私」というアイデンティティは、多くは、他者によってつくられる。親は、子どもがいないと親にはなれない。先生は、生徒がいて先生になる。あなたは、〇〇、と認めてくれる他者が多いほど、アイデンティティは強固になる。アイデンティティが強固になればなるほど、孤立することへの不安や恐怖は薄まり、社会から必要とされている安心感が得られる。それゆえ、人は、他者に認めてもらいやすいキャラを演じ、それをアイデンティティにしようとする。SNSで「いいね」を貰いたいと思うのも、他者に認めてもらいたいから。承認欲求。

 

でも、「認められた」という思いが先に立って、それに合わせたキャラに徹したり、嫌われないような役割ばかりを演じたりしていると、そのアイデンティティにとらわれすぎて、自分は本当はどうありたいのか、本当はなにを大切にしたいのかを見失ってしまうリスクがある、と。

あぁ、、、まさに・・・・。

 

人を絶望から救いあげる力という話で、フランスのロマン・ガリーの『天使の根』という話が紹介されている。 第二次世界対戦中のドイツの収容所を舞台とした話。捕虜になったフランスの兵士が、架空の「高貴な女性」と共に暮らしているかのように振舞い、生きる気力を失わなかった、という話。ドイツ兵は、その「高貴な女性」を殺すことはできなかった。人の想像の世界は、だれも奪うことはできない。そして、その想像力が生きる力になった。

 

ユダヤ精神科医ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』からの引用も紹介されている。アウシュビッツから生還した彼の言葉。
ここで必要なのは 生命の意味についての問いの観点 変更 なのである。すなわち人生から何を我々はまだ期待できるかが問題なのではなくて、 むしろ人生が 何を 我々から期待しているかが問題なのである。そのことを我々は学ばねばならず、 また絶望している人間に教えなければならないのである。

人生が 自分に期待しているものは何だろうか、と能動的に考えるということ。

ちょっと、難しいけど、、、、受動的な存在から、能動的な存在になること。

 

人の内心を聞く能力の持ち主を扱った映画として、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩が紹介されている。他人がかんがえていることがすべてわかってしまう天使・ダニエルの話。ダニエルは、天使なので、人が考えることがなんでもわかっちゃう。でも、人にはダニエルの姿は見えない。ある時、ダニエルは人間の女性・マリオンに恋をする。そして、マリオンと語らいたいがために、天使をやめて、人間になる。すると、マリオンと語り合うことができるようになったけれど、マリオンの心がよめなくなる。だから、一生懸命、話す。相手の気持ちを「わかりたい」とおもって、言葉を交わす。ダニエルは、それで、幸せだった。人の世界は、モノローグではなく、ダイアローグでできている。
わからないからこそ、愛しあうことができるし、わからないからこそ、驚いたり、喜んだり、怒ったりできる。「わからないこと」がこの地上を鮮やかな色彩で染めあげている。

 

「わからない」から、対話する。
「きみのいいたいことはわかった」って、いわれたら、「もうきくきはない」ってことだ。

相手のことを勝手に「こうだろう」と決めつけてしまったら、そこで対話はおしまい。
勝手に、相手の内心を読まないことは、相手の尊厳を守ることにも通じる。

これは、ちょっと、目からウロコ。。。。
相手の気持ちになれ、というより、相手のことはわからない、、、って事の方が大事かもしれない。

 

かってに、相手のことをわかった気になるって、、、相手に失礼だし、リスキー。かってに期待して、かってに裏切られたって嘆いて、、、。「そんな人だと思わなかった!」って怒ったり。自分で、かってに相手のことをわかった気でいただけなのに、、、、。

 

星新一の『ボッコちゃん』の中の『肩の上の秘書』は、笑える。でも、苦笑・・・。未来の世界で、みんな肩の上に秘書代わりにロボットのインコを乗せている。主人の本音を、インコが敬語表現にして社交辞令やお世辞を交えて会話する未来。
セールスマンと主婦の会話。

 

セールスマン「買え」とつぶやく。インコは、「きょうおうかがいしましたのはほかでもございません。このたび、当社の研究部が、やっと完成いたしました新製品をおめにかけようとおもったわけでございます。」

主婦のインコは、「買えと言ってます」と主婦につぶやく。
主婦が「いらないわ」とつぶやく。インコは、「 家では とてもそんな高級品を揃えるほどの余裕がございません もの」と婉曲な断り文句をいう。

セールスマンのインコが、「いらないそうだ」と要約する。
セールスマンが、「そこをなんとか、、」とつぶやくとインコが、「 でもございましょうが こんな 便利な品はございません」、、

と、延々と、インコを介した会話が続く、、、、。わらっちゃうけど、私たちが社会のなかでやっているのは、インコに喋らせているような会話かもしれない。。。


最後の、「天使をとおすレッスン」って、「天使をとおす」ってこと。タイトルは、風をとおすレッスンだけど、それは、天使をとおすってこと。

 

みんなでわいわいと会話している途中、ふと、沈黙が流れることがある。間が持てず気まずい空白をうめようと、わざと関係ない話をしてみたり、咳払いしてみたり、、、。と、そんなことをせず、その気まずさに耐えてみるということ、空白を埋めたくなる誘惑をこらえて、空白を味わってみるということ。

フランスの慣用句で、こうしたふとした沈黙の時間を「天使がとおった」と表現するのだそうだ。

「間」にとどまってみること。
沈黙が出来てしまったとき、すばやく間を埋めて、何かを話続けるのがコミュニケーション力だと思われているところがある。けれど、無理やり間をうめようと相手に合わせて思ってもいないことを口にすれば、かえって苦しくなる。気まずさ、もやもや、所在なさ、心もとなさを何とかしようとせず、そこにしばし、たたずんでみる。

「人生のほとんどは、そういうものでできている。」って。

うん。
「間」があるから、考える。
立ち止まって、考える。
「間」は、大事。

 
他にも、たくさんのお話がでてくる。コンパクトながら、ぎゅーーっと密度のこいお話が詰まっている。

 

人と人との関係に悩んでいる人も、悩んでいない人も、だれにでもきっと心に響く何かがあると思う。超おすすめ。


って、私は図書館でかりちゃったんだけど、手元においてもいいかな、って思う。

真智さん、やっぱりすごい人です。

 

最後の作品案内を覚書。
・『7つの人形の恋物語』 ポール・ギャリコ
・『サイコシンセシスとは何か  自己実現とつながりの心理学』  平松園枝
・映画『インサイド・ヘッド』  ピート・ドクター監督 (アニメ作品)
・『自由の大地』 ロオマン・ギャリイ
・『夜と霧  強制収容所の体験記録』 ヴィクトール・E・フランクル
・『感じるオープンダイアローグ』 森川すいめい
・『 忘れられた日本人』 宮本常一 
・映画『ベルリン・ 天使の詩』 ヴィム・ ヴェンダース監督
・『ボッコちゃん』 星新一
・『現実はいつも 対話から生まれる 社会構成主義入門』 ケネス・J・ガーゲン
・『歎異抄』 唯円
・『生物から見た世界』 ユクスキュル
・『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗
・『ダチョウはアホだが役に立つ』 塚本康浩
・『馬鹿一』 武者小路実篤
・『火の賜物  ヒトは料理で進化した』 リチャード・ランガム
・『ヒトの社会の起源は動物たちが知っている 「利他心」の進化論』  エドワード・O・ウィルソン
・『どこへいこうか、心理療法 神田橋條治集』
・『 先祖の話』 柳田邦男
・『 エンド・オブ・ライフ』 佐々涼子
・『愛するということ』  エーリッヒ・フロム

 

読んだことのあるものもの無いものもあるけれど、とっておきのリストだと思う。

 

やっぱり、読書は楽しい。

そして、自分で考えるっていうことが、本当に大事だと思う。

たくさん読もう。

たくさん考えよう。

そして、Action.

人生は、その連続。