『経済と道徳』  by 渋沢栄一

経済と道徳
渋沢栄一
徳間書店
2020年2月29日 

 

2024年7月3日に、一万円、五千円、千円、新しい日本銀行が改刷された。渋沢栄一北里柴三郎、津田梅子。ってことで、渋沢栄一について話題になっているので、改めて彼の本を読んでみた。一番有名なのは、論語と算盤』だろう。サラリーマン時代に読んで、「お金を稼ぐのは賤しいことではない」とはっきりと言い切る姿勢に、強く共感した。読み直そうと思って、自宅を探してみたけれど、みあたらず、、、。。とりあえず、図書館で借りてみようと思った。図書館で「渋沢栄一」で検索すると、2020年出版という本書がでてきたので、こちらを借りてみた。

 

渋沢栄一」の人物像についてなら、『渋沢栄一 天命を楽しんで事を成す』がわかりやすい。

megureca.hatenablog.com

 

『経済と道徳』は、渋沢栄一本人の言葉。

 

「はじめに」によると、
”本書は、渋沢翁頌徳会が生前の渋沢栄一の口述をまとめ、死後7年にあたる昭和13年(1938年)に出版した『経済と道徳』を再刊したものである。”とのこと。

つづく、刊行趣旨には、明治維新のさなか渋沢栄一井上馨とが、大蔵省と各省との間の財政意見相違の結果、政府に異を唱える建白書を叩きつけて野にくだった事件が紹介されている。その時の渋沢栄一の言葉がある。

 

「予は従来商業において経験に乏しといえども、胸中一部の論語あるあり、論語を以って商業を経営し邦家の降盛に資せむ」

 

そして、それ以来、終始一貫、論語主義を標榜して、日本の実業界発達に貢献した。

目次には、各項のタイトルがずら――――っと並ぶ。
論語と算盤一致論
富者の要務
堅固正当な目的を持て
天は自ら助くる者を助く
・・・・・・・go on and on・・・・・

 

ということで、目次を見るだけでも、渋沢さんの言ったことの概略が掴めるようなものになっている。余りに多いので、ここでは目次の紹介は割愛。236ページの本なので、それぞれの項は、数ページ。とても読みやすい。だいたい、口述したものを聞いたメンバーが文字におこしているのだから、わかりやすいに決まっている。

 

感想。
うん、これはいい。


これは、『論語と算盤』よりも読みやすいし、晩年に渋沢さんが語ったことなので、包括的であるように思う。結構、おすすめ。しかも、要点ごとに上手くまとめてある。

俯瞰してるといえばいいだろうか・・・。時々、個人に対する評価のような言葉も入っていて、なかなか、、、楽しい。物事には、裏も表もあるので、渋沢さんが語っていることだけを見ても、物事の核心はわからないかもしれないけれど、そういう時代だったんだなぁ、、、という感じも楽しめる。西郷隆盛大久保利通木戸孝允、それに対して、勝海舟に関するコメントは、なかなか手厳しい。。。。それもまた、楽しい。

 

50代の私だから、本当に心からうんうん、そうだね、っておもえる。でも、若い時にはわからなかったんだよねぇ、、、ということもたくさん。あるいは、あの時代だから、、、という考え方も中にはある。戦争について完全否定はしていないし、欧米流を利己主義と言い切っているし。

 

本書の中で語る渋沢さんは、自分の過去を振り返って、若い時の過ちを認めている。農家出身の栄一は、武士になる夢をもち、尊王攘夷に染まって、攘夷の実行計画をたてたことがある。でも、仲間の反対で、結局のところ未遂におわるのだが、、、。その時の自分の未熟さを素直に認めている。間違ったり、くじけたり、、、負けも知っている栄一。そして、その後、徳川慶喜に仕えることとなり、1867年、会計係兼書記として(要するに雑用係)、パリに行く。パリに行っている間に、江戸幕府は消滅・・・。でも、驚かなかった、と。

 

各項に、共感できる言葉がたくさん残されている。でも、一番は、最後の「健全なる精神は強壮なる体力に宿る」という中で言っている、長生きして活躍し続ける秘訣について、かな。

”・・・・ゆえに心を平和に持つことが肝要である。こうすれば90までは働けるという説である。
 その他細目にわたっては、運動を継続すること、よく寝ること、便通をよくつけること、水をよく吞むこと等にあるが、これは誰の考えも同様であろうと思う。私もこの考えで働いているのであるから、この分では100歳までも活きられそうである。”

と、終わる。

 

大事なのは、
”運動、寝る、便通、水分”

いやぁ、、令和の時代も同じだよ。と、おもわず笑いながら本を閉じた。

 

本妻以外にも多くの婦人に子どもを産ませた、、、と言われる渋沢栄一だけれど、論語を大事にするという「自分の道理」を持ち続けた人。お孫さんだという人の話によれば、家族だからって全然贅沢なんてなかった、と。岩崎弥太郎とは目指す方向が違ったのだ。本書の中でも、弥太郎との決裂についてでてくる。まぁ、どちらも日本が経済的に豊かになることに貢献したのは間違いない。でも、人を育てたのは、渋沢栄一だったのかもしれない。ま、子どもも多いしね。

 

彼が一点の曇りもない完璧な人だったら、人はこんなに渋沢栄一を愛さなかったのではないだろうか。自分の道理を貫く頑固さがありつつも、それが、世のため、人のためであるべしという絶対的核心をもち、ちょっと女にはだらしがない、、、なんてところも、人間として魅力があったのだろう。そして、そんな栄一を支えた妻もすごい。やはり、家庭という帰る場所があっての明治の男、かもしれない。

 

いいな、と思ったところを覚書。

「堅固正当な目的を持て」より
 仕事をするには、官あるいは会社に務めること、あるいは独立事業することの二種類しかない。人の才能境遇によって、吟味すべきことで、”かくかくにせねばならぬと確定して論ずることはできない。”

 

「天は自ら助くる者を助くる」より
  ”自分の不遇をかこち、他人の出世を羨む人があるが、これは大きな誤りである。 人間の立身出世というものは与えらるるものではなく、 自から築くべきものである。”
” 不平を並べたり憤慨したりする前に、まず自分の磁石力が果たして十分であるかどうかを顧み、なお一層 その磁石力を強大にすることに努力すべきである”

ここでいう磁石力とは、良い磁石が自然にたくさんの鉄を吸収するように、先輩同輩から信頼され、世間から信用されるからこそ良い仕事を惹きよせるような力。

 

・「現代青年の短所と通弊」より
功を焦りすぎるのは、良くない。また、新しい教育を受けた人がすぐに「老人の言う事は古くさい、時代遅れだ」と排斥するのも間違っている。時代によって、思想がかわるのは当然であるが、”人倫の 道徳というものは水の流れのように雑作なく動くものではない。”
” 何事でも新しいことでさえあれば良いというような間違った考えを持って鵜呑みにし、よくかみしめて咀嚼、消化することせずにこれを取り入れることは、最も慎まなければならぬことであると思う”

 

・ 「 堪忍強くなるように修養した体験」より
堪忍は、重要である。
徳川家康論語に親しまれた人だけあって、その感化を受けたと見え「 勝つことを知って敗ることを知らぬは不幸である」といい、「 人の一生は重荷を負うて遠き道を旅するが如くものである」といい、忍耐の必要であることをとき、 そして 堪忍は無事長久の基であると言っている。”

 

・「真の成功とは何か」より
”人は誠実に努力して運命を俟つに如くはない。 もしそれで失敗したら、自身の智力の及ばぬためと断念し、成功したら自分の才智が活用されたとして、その成敗の如何にかかわらず、天命に安ずるが良い。”

 

・「対支政策の根本義」より
” およそ人と人との交わり敬するということと愛するということ、即ちこの敬愛の情なくして交誼を保つということは出来得べきはずがない。”

 

「事業経営に必須の条件」より
 1、その事業が、今日の世の中に必要であること
 2、道理上正しく、かつ社会に必要で、時代に適応していること
 3、資本が確実に得られる成算があること
 4、事業を営むにあたって、首脳となり全責任を負い、十分信頼するに足る人物があること。

 

そして、最後は、運動、寝る、便通、水分、と。

今の令和の世でも十分に参考になる言葉が山盛り。
それでいて、そんなに、お説教くさくない。そういうところが、渋沢栄一のよいところだ。あくまでも、1人の人間として、上から目線になりすぎることなく、本当に心からの言葉が綴られている。そんな感じの一冊だった。 論語主義ってことか。

 

わりと、さらっと読めて、お手軽な一冊。

こういうこと、さらっと言える人が今はなかなかいないなぁ、、、なんてことも思った。

 

読書は、楽しい。