QUEST「質問」の哲学
「究極の知性」と「勇敢な思考」をもたらす
エルケ・ヴィス 著
児島 修 訳
ダイヤモンド社
2025年3月25日 第1刷発行
2025年4月11日 第2刷発行
Socrates op sneakers (2020)
新聞の広告で見かけて、面白そうだと思って、図書館で予約した。随分、待った気がする。それでも、買ってまで読もうとは思わなかったので、数か月待って、ようやく順番が回ってきた。
ハデな文字が並ぶ、ダイヤモンド社らしい装丁。パラパラとめくってみると、なんと文字の少ないことか、、、、これは、キャリアポルノだな、、、と思いつつ、読んでみた。
表紙をめくると、袖には、
” 本書は、あなたが重要な問いを立てるのに役立つ。
それは誘い、探求し、解き明かし、明確にし、対峙し、深め、 挑戦し、興奮させ、物事を動かす問いだ。
言い換えれば、
本書は勇敢に思考する人のための本だ。”
とある。
著者のエルケ・ヴィスは、わずかな考え方の変化で日常生活を大きく改善できる「実践哲学」の国際的なベストセラー作家。戯曲・短編小説・モノローグ・物語的な哲学詩の執筆や演出、記事の執筆、ポッドキャストの制作なども手がけ、トレーナー、ファシリテーター、実践哲学者としても活動。実践哲学と質問術のワークショップを主宰し、企業内でのソクラテス式問答法の活用方法の指導や、個人向けの哲学相談も行っている。本書が初めての著作。
作家と言いつつ、本書が著作としては初めてらしい。当然、私は読んだことがないし、名前も知らない。
訳者の児島さんは、英日翻訳者。立命館大学文学部卒(心理学専攻)。
目次
はじめに
第1章 なぜ私たちは良い質問をするのが下手なのか?
第2章 質問の態度
第3章 質問の条件
第4章 質問の技法
第5章 質問から会話へ
感想。
なんじゃこりゃ?
世界各地で翻訳され、大ベストセラーらしいけれど、、、目の付け所はいい、たしかに、「質問」って大事だ。だけれど、編集のせいなのか文字がスカスカのページのせいで、ものすごく軽い書物になってしまっている、、、気がする。
ほぼ、一文ごとに改行され、空白行も多く、400ページの本だけれど、ざーっと読むと、1時間で読了、って感じ。それ以上、じっくり読もうという気にならなかった。。。
オランダで21万部を超えたベストセラーだそうだが、文化的違いがあるかなぁ、という気がした。ハイコンテクストで行間を読む日本文化の中で生きている日本人には、どうだろう?いうことはわかるけれど、実践はしないな、、、という気がしなくもない。質問攻めにされることに慣れていないと、うざい、、、と思わなくもない…。
はじめにで、著者が、若いころには質問の仕方がわからなくて、子供のいない人に「それはあなたの選択か」と聞いてしまったという失敗談が出てくる。そこからして、なんだか、読むのが、痛い。著者が「質問」すること、人とコミュニケーションすることに真摯に向き合っているのはわかるのだけれど、私には、どこかずれている、、、という感じがしなくもなかった。
たしかに、会話で相手の質問に答えずに、自分の話したいことを話す人はいる。「アリスは正しいと思わない?」と質問かのようにきいているけれど、「正しいと思うでしょ?」と共感を強要する会話はよくある。それはいけないことだというのが本書の主張の一部。でも、それはそれでいいじゃないか、、、と思ってしまう。と、本書の存在価値がなくなってしまうのだが。
質問と一言で言っても、大きな会場でのセッションなどで代表質問をするときと、数人の友人同士、あるいは夫婦や恋人同士など身近な人との会話で質問するときとでは、そもそも質問の目的も違うだろう。公の場だと「正しい質問」がもとめられるだろうし、家族間なら質問もどきの感想共有という会話もあるだろう。
あらゆるコミュニケーションの場で、著者が言うような「よい質問」を考えていたら、疲れてしまう。そう、だから、読んでいてなんだか疲れちゃう、、って感じだった。
ただ、人とコミュニケーションするにあたって、気をつけなくてはいけないことがでてくるので、それは参考になる。自分のことばかり話して人の話を聞かないとか、誰かの話に「私も○○しっている」などといって、相手の話を奪ってしまうとか、常にありがちなこと。でも、まぁ、そういう人もいるよなぁ、、、、でも、それもいいかな、と思う。それが過剰だと、ちょっと困ったチャンだけど。そういう人とは、ほどほどに距離を獲ればいい。
世の中の全員が、本書に出てくるような理想的な質問者になったら、堅苦しくって仕方がない、という気がした。だから、ざっと読み。
だいたい、「いい質問をしよう!」なんて気負わない方がいいと思う。相手の話を聞くことに集中していれば、自然と「質問」は湧いてくる。それを質問するべきかどうかを考えてから質問した方がいい場合もあるっていうこと。
私は、わからないとついつい相手を遮って質問をしてしまいたくなるので、それなりに大人の判断でお口チャックして、黙っている。でも、自分が話をしているときに、質問をされるのは好きだ。講演などの場合でも、2waysコミュニケーションの方が、ずっと好きだ。型どおりに話すより、テンポも良くなると思う。「あれは、どういうことなんだろう??」などと思っていると、相手の話に集中できなくなる。だから、「聞く」に集中するのは大事だけれど、何が「疑問」だったのか、頭の中にメモをピン止めする記憶力を鍛えておくことも必要。でも、本当に興味のある話なら、努力しなくても忘れない。忘れちゃうくらいなら、たいしたことじゃないのだ、、、って思っている。
まえに、相互に意見をかわしながらする会議を「ラグビー型」といい、日本のように順番を待ったり話者の話を途中で遮らない会議を「ゴルフ型」と説明しているセミナー講師がいた。異文化コミュニケーションに関するセミナーだったと思う。なかなか、楽しい話だった。どっちが好き?と聞かれて、半数以上は「ゴルフ型」と答えていた。私は圧倒的に「ラグビー型」が好きだ。セミナーは、私のサラリーマン時代の部内で行われたもので、会社は一応グローバルに展開している企業で、部は企画戦略をふくむ部門だったけど。。。
質問のタイプやコミュニケーションのやり方は、やっぱり、文化的なものによる嗜好のちがいがあるよな、と思う。本書に出てくるやり方は、なんとなくしっくりこなかった。読者ターゲットが経営者などなら、適当な気もするけれど、本の見た目は、ごく一般の人に向けたマニュアル本になっている。そこに、ギャップを感じるから、なんじゃこりゃ?って思ったのかもしれない。
ちょっとだけ、覚書。
・ソクラテスは、真の知識を得る唯一の方法は対話であるとも信じていた。
・ストア派哲学者エピクテトス:「判断せず、ただ観察すること」
人は、ただ観察するのではなく、それを自分の中で「善いか悪いか」「好きか嫌いか」などと解釈をいれてしまう。ただ観察に徹底するのは難しい。
・マッシモ・ピリウーチ『迷いを断つためのストア哲学』(早川書房):エピクテトスの考えを深めて説明。
・質問の態度として重要なこと:共感的中立性を保つ
”一定の距離を保って批判的な質問をするためには、相手の感情や苦しみを共有しようというスイッチを切るのだ。”
そうすると、深い質問ができて、相手にさらに考えさせ、洞察を深め、思考を助けることができる、と。
わかるけれど、日常的にそれをしたら、サイコパスじゃないかと思う。
・「上向きの質問」と「下向きの質問」:
具体的な現実を下向き、抽象的な概念を上向き、として質問の質を考える。下向きの質問は事実に基づく質問で、状況の要点に関する情報を引き出し、上向きの質問は、その発言の背後にある 議論 や前提に対処できる。
「私は~だと思う。」
→上向き質問:「その理由は?」
→下向き質問:「それはいつ起きたのか?」
・人は、理由を尋ねられると攻撃されていると感じやすい。
「なぜ」は、攻撃に使われている。いらだちを「なぜ」という質問にしてしまいがち。
「なんで掃除しないの?」 → 「掃除をしない理由は何ですか?」
まぁ、どっちも、怒られている感じするけどな・・・。
・質問に答えてもらいやすくなる魔法のフレーズ:「教えて・・・・」
各章にエクササイズもついていて、まさに「ハウツー本」。参考になることはあるとおもうけれど、これを全部実践するような人とは、あまり友だちになりたくないかも・・・・って気がした。ストア哲学も行き過ぎると、ストイック。
とはいえ、たまには自分のコミュニケーションのやり方を見直す、っていう意味では参考なるところもある。ざっと読み、あるいは、立ち読みでもいいかも・・・。
しかし、新聞広告でみて興味を持って、読んでみて、「これ、当たり!」って思う本って、私には割と少ない・・・。広告は所詮広告か・・・。本を選ぶのって、実は難しい。自分のことが一番わからないってことか。
でも、、だから、、、本との出会いが楽しい。
