それでも生きていく
不安社会を読み解く知のことば
姜尚中(Kang Sang-Jung)
集英社
2025年8月30日 第一刷
姉が貸してくれたので、読んでみた。姜さんの本はあまり読んだことがないけれど、社会を見る目が、私の中では、湯浅誠さん(特定非営利活動法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長)と何かがかぶる。共感するけれど、つらくなってしまって、深く関わりきれない、という感じ。語り口も似ている。姜さんとは、直接お会いしたことがないから、以前のTV等での印象だけれど。淡々と、感情を高ぶらせることなく話す感じ。私は「少子高齢化」課題を勉強していたときに、湯浅さんと直接お話する機会があって、社会課題に具体的に向き合っている人の芯の強さを感じた。同じ空気を姜さんにも感じる。
表紙は、姜さん自身の写真。白黒に薄いブルーをかさねた感じが、寂し気。まぁ、タイトルもなかなか厳しい。文庫版は、2025年刊行だけれど、単行本は2021年だった様子。コロナの最中、それが「いきづらさ」にも輪をかけたって感じかな。
姜さんは、 1950年 熊本県熊本市生まれ。 早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。 東京大学名誉教授。専攻は政治学・政治思想史。
裏の説明には、
”東日本大震災から新型コロナの蔓延。日本、そして世界が大きな変化に曝された十数年。リベラリズムの衰退、ジェンダーをめぐる攻防、分断された被災地など、戦後の昭和的な社会の仕組みやそれを支える美徳が崩壊し、人々は不安の時代を生きている。著者がさまざまな現場に足を運び、そこで出会った人の生の声に耳を傾けながら、この社会を生きる意味を問う。新たな時代の扉を叩く、心の旅の記録。”
とある。
目次
年表 2010~2021
文庫版まえがき
はじめに
第一章 政治は人を救えるか
第二章 ルポ・福島を行く ~分断された被災地
第三章 変わりゆく知のカタチ
第四章 揺れ動く世界
第五章 ジェンダーをめぐる攻防
第六章 問われる人間の価値
第七章 ルポ・沖縄を行く ~消えない傷跡
第八章 コロナ禍を生きる
第九章 不透明な時代の幸福論
おわりに
文庫版あとがき
感想。
薄い文庫本なので、さらっと読める。けど、中身は重い。
ごもっとも、と共感することがたくさんあるのだけれど、「救い」を感じにくいので、重く感じる。
最初に、2010年からの年表がついているのだけれど、首相の変遷も掲載されている。2010年って、最近の気もするけど、そんなに昔か、、、、という気もする。
例えば、2010年の首相、鳩山由紀夫→菅直人。そういえば、そうだった。2011年3月11日、あの時、菅さんだったね。2010年の主な出来事の最初は、JALの経営破綻。あれから、15年か。
文庫版まえがきでは、丸山眞男の「つぎつぎになりゆくいきほひ」が引用され、「つぎ」「なる」「いきおい」に翻弄された10年だったと振り返っている。年表をみると、たしかに、、次々と色々なことが起きたんだなぁと思う。べつに、2010年からの10年が特別だったわけではなく、世界とはそういうものだろう。それぞれの出来事が、個人の人生にどう影響したかによって、記憶としての残り方が違う。
そして、姜さんは、あまりにもいろいろありすぎて、いちいち反応できなくなり、「鈍感力」が行き過ぎた状態になっていることが、生きづらさの根底にあるのではないのか?と。
それでも、世の中の勢いに流されるのではなく、「それでも!」と自分はここに立つという決意のマニフェストが本書だそうだ。
予測不可能な惨事や例外的な出来事が起きても「出たとこ勝負」の胆力を養っておくことが必要なのだ、と。不安の「囚人」にならず、「胆力」を身に着けてこそ「それでも生きていく」ということ。
姜さんは、まさに、「胆力の人」だろう。あなたの胆力は、どうやって養われたのですか?と聞いてみたい。なにか、凡人の私とは違う世界のような気がしてしまう。
気になったところを覚書。
・「歴史は、繰り返さないが、韻を踏む」:マーク・トウェインの言葉
・” いくら 優れた技術を開発したとしても、 それをどう使うことが 人類にとって幸せなのか 科学は教えてくれません。 大金を稼ぐことができても、 それをどう使えば人は幸せになれるか、 経済学は教えてくれないのです。 そこにはやはり人文科学の教養が必要なのです。”
御意。理系の学科を卒業し、30年間会社員をした私の結論は、技術があってもスキルがあっても知識があっても、「人間力」がなければ意味がない、ということ。リスキリングなんてあえて言う必要はなく、日々の生活の中で「人文科学の教養」を磨ける環境こそが人生を豊かにすると思う。
・「安全保障」は、単に軍事力の問題ではなく、近隣諸国と平和に繁栄するために必要なこと全てを包括する。原発の安全性、中国のPM2.5問題、環境問題も含まれる。
もしかすると、宇宙開発もふくまれるかもしれない。。。ちょっと、目からウロコ。つい、安全保障というと「軍事力」ばかりに目がいっていた。
・ ”亡くなった評論家の加藤周一さんがなぜ「知の巨人」と呼ばれていたかといえば、 アクチュアルな問題が起きた時、そのチューニング力によって「そこにどんな意味があるのか」を見いだすことができたからです。”
チューニング力:内在する知(個人の感情、感性、観念、思考・・・と結びつく)と、外部環境でおきていることとの関係性を把握し、対応する力、ということ、かな?
姜さんは、そのチューニングができない人がいる、と。おそらく、インターネットにもできない、と。
・トクヴィル(フランスの思想家)『アメリカのデモクラシー』:
” アメリカは平等であることを重んじる国であるが、 その平等というのは「結果の平等」ではなく、「機会の平等」である。”
しかし、今のアメリカは、そういった機会の平等をまもるための「ポリティカル・コレクトネス」にみんなが疲労しているのではないのか?と。そこに、恥も外部もなく「No」と叫ぶトランプに、みんなが共感したのだろう。
恥を知れ!って、大事。
・「伝統の発明」:古来からの伝統ではないことを、政治家などが国家の伝統だといって価値観を押し付けること。例えば、女性は結婚したら家庭に入るのが伝統、お年寄りの介護は家庭で面倒を見る、教育の基本は家庭、、、など。多くは、明治維新以降、あるいは戦後に植え付けられた国家観。日本の家庭では、伝統的に子育ては放任。家庭が子どもの教育に力を入れるようになったのは、高度経済成長期以降の話。 日本では、国家がある価値を場当たり的に決めて、それを伝統化してしまう、と。
そして、日本はこれからどうなっていくのだろうか。。。。と思う。そこには、「自分はどうするのだろう」も含まれる。
解決策を提示する本ではなく、今起きているのはこういうことだ、と説明する本、かな。思考の手がかり、という点ではよくまとめられていて、読みやすい本だと思う。
普段からこれらの社会課題を考え続けていたら、頭がパンクしちゃう。みて見ぬふりはしないけれど、ほどほどでいい、、、という気もする。無関心というわけではないけれど、それこそ「胆力」を養っておく、ってことなんだろうと思う。
世の中との距離感って、大事だと思う。
クマと人間の距離感みたいに?!
