もしロシアがウクライナに勝ったら
カルロ・マサラ
鈴木ファストアーベント理恵 訳
早川書房
2025年6月10日 初版印刷
2025年6月15日 初版発行
日経新聞2025年8月9日の書評で紹介されていた本。図書館で予約していた。3か月以上まって、順番が回ってきたので、借りて読んでみた。
記事には、
”極めてリアルな将来シナリオで絶望の淵に突き落とされる。本書が描くのは、ウクライナが降伏に等しい停戦を押しつけられた後の欧州だ。
ロシアは2028年3月、バルト3国のひとつエストニアの、ロシアとの国境沿いの街ナルヴァとバルト海に位置するヒーウマー島を支配下に置く。北大西洋条約機構(NATO)加盟国への攻撃に他ならないが、結局NATOは、エストニア防衛をできずに終わる。
バルト諸国への限定的なNATO部隊の駐留のみで対ロシアの抑止は十分だと誰もが安心しきっていた。慢心がいかに危険かも示される。
このシナリオでロシア大統領は、プーチン後のオブマンチコフ(仮名)だ。プーチンからの権力継承がスムーズに実現した想定には疑問もあるが、より重要なのはその効果だ。若く国際派のようにみえる新大統領に、米欧は「熱視線」を送り、新生ロシアへの希望が芽生える。
これは、「プーチン後」を考える際の要注意点だ。ゴルバチョフやエリツィン、さらにはプーチンへの膨らんだ期待が失望と幻滅に終わるサイクルを、我々は再び繰り返してしまうのか。
本書のクライマックスは、対応を協議するNATO首脳会合だ。米国大統領はロシアの行為を「限定侵略」だとし、「ナルヴァのために第三次世界大戦のリスクを冒すつもりはありません」と宣言する。NATOが終わる瞬間だ。第三次大戦を防ぐ「だけ」のつもりだったが、世界秩序も終わってしまう。
ロシアが核兵器大国である以上、ロシアとの直接対決は第三次大戦を招きかねない。これは冷戦期から変わらない。核戦争回避の重要性は当然だが、その覚悟があってはじめて抑止が成立する。そうでなければ、相手の要求を受け入れるしかなくなる。それは一方的敗北だ。
さらに本書ではロシアと同時に中国が動く。欧州とアジアでの有事の同時発生は、米国の勢力を分散させる観点で、中露双方にとっての利益だ。相手を助けるための行動とは限らない。
シナリオに基づく議論は、実際の危機下で何が起き、いかなる備えが必要かを考えるためのものだ。恐怖心を煽(あお)るものだとして本書を批判する人もいるかもしれない。しかし、著者のマサラ氏が言うように、失敗を防ぐのが目的なのである。”
とあった。
なんともおどろおどろしい‥‥。
著者のカルロ・マサラは、 ミュンヘン連邦軍大学教授。 専門は国際政治。 ローマの NATO 国防大学での研究活動を経て 2007年より 現職。メディアへの寄稿、 テレビの政治討論番組や ニュースへの出演も多数。ドイツ国内では有名な人なのだろう。
訳者の鈴木さんは、独日・英日翻訳者。
本書は、ドイツ語からの直接翻訳と思われる。
表紙の裏袖には、
”軍事・安全保障のエキスパートが圧倒的なリアリティで描く、ウクライナ戦争後の「起こりうる未来」。
2028年3月27日未明、ロシア軍がエストニアの都市ナルヴァとバルト海のヒーウマー島を占領。バルト三国への攻撃が始まった。2025年にウクライナ戦争が終結して以来、軍備増強という問題から目を背けてきたNATOは、ここへきて防衛能力不足があらわになる。一方ロシアはプーチン前大統領の悲願であった「歴史的使命」を完遂すべく、西側諸国への軍事的エスカレーションを進めていく…。はたしてNATOは結束して行動を起こせるのか?不穏な動きを見せる中国の狙いは?そして、世界は核戦争へと突入してしまうのか?”
とある。
目次
日本版序文
はじめに
第一章 バルト三国、数年後の未来
第二章 ジュネーブ・国際連合欧州本部「パレ・デ・ナシオン」―三年前
第三章 風向きの変化
第四章 モスクワの雪解け?
第五章 ジュネーブ後のウクライナ―混迷
第六章 限定的な防衛能力
第七章 計画
第八章 マリ共和国キダル、二〇二八年二月二日―ゲーム開始
第九章 ブリュッセル、二〇二八年二月五日―撒かれたエサ
第一〇章 南シナ海、二〇二八年二月二八日―盟友の間接支援
第一一章 シアトル、二〇二八年三月二六日―急報
第一二章 ベルリン―二〇二八年三月二七日、四時二〇分(CET)
第一三章 盗聴防止策が施されたビデオ会議―二〇二八年三月二七日、八時三〇分(CET)
第一四章 モスクワ―二〇二八年三月二七日、九時(CET)
第一五章 ブリュッセル・NATO本部―二〇二八年三月二七日、一四時(CET)
第一六章 ワシントン・ホワイトハウス―二〇二八年三月二七日、一四時一五分(CET)
第一七章 80°49′35″N 66°27′30″W/80.82639°N 66.45833°W―二〇二八年三月二八日、一二時二七分(CET)
第一八章 ブリュッセル・NATO本部―二〇二八年三月二八日、一六時(CET)
第一九章 トヴェリ州ルジェフ(ロシア連邦)―二〇二八年三月二九日、九時(CET)
第二〇章 モスクワ/北京、二〇二八年三月三〇日―新たな中心
あとがき
解説 奥山真司(地政学者・戦略学者)
感想。
うへぇ、、、、、、。
ディストピア…。
「日本版序文」と「はじめに」では、本書の意味が紹介されている。内容は、あくまでもフィクションだ。フィクションのあとに、「あとがき」と「解説」もついている。
2028年のロシアによるエストニアへの軍事侵攻から始まる。その3年前には、ウクライナとの戦争はロシアの勝利で集結しているという前提。つまりは、西側諸国の負け。
本書が生々しいのは、出てくる人物の名前はそのままに描かれている。プーチンもゼレンスキーもトランプも、あるいは、習近平も。
エストニアへの軍事侵攻は、ウクライナへの軍事侵攻とまったくおなじ理由。ロシア系住民の保護のため。と。
読んでいると、いかにも実際にプーチン、トランプがいいそうなセリフが出て来るし(過去の発言のリピートと思われるものも…)、実際にEUとアメリカがロシアに課した制裁が、インドや中国の外交で効果を発揮知れていない様子など、今今、起きていることと頭の中でシンクロしてしまう。
薄い単行本なので、あっという間に読める。話の展開は、いかにも、さにありなん。各国の問題として書かれていることも、ほぼ現状認識と同じと思われる。欧州諸国の第三国で起きていることに対する対処、アメリカのヨーロッパからアジアへのシフトなどの背景は、今の課題でもある。
物語は、2028年のエストニアへの侵攻も、ウクライナへの侵攻とおなじ運命をたどっていく…。そして、第20章では、ロシアと中国の蜜月、とはいうものの主導権は習主席の手に。そして、それはグローバルな主導権が中国の手にわたる、という結末。
う~ん。
やはり、ウクライナが妥協して停戦、終結するということは、ロシアは同じ侵攻を旧ソ連諸国、極東にも展開するということ。つまり、日本にとっては北方領土が、完全にロシアの支配下になるというシナリオが待っている、と。
本書は、ドイツでベストセラーになり、各国で翻訳が進んでいるとか。期を逸してしまうと、本書への評価は大きくかわってしまうからだろう。
それにしても、ではどうするべきなのか、、、、私には答えがわからない。
あとがきは、解説にもなっている。本書が問いたいことの一つは、NATO条約第5条(集団防衛条項)が、現代の脅威環境において実際に抑止力・実効力を持っているのか?ということなのだと思う。
トランプについては、著者は、「ロシアの回し者か、単に混乱していて無計画」なだけかもしれないとも。そして、「逆に肯定的に捉えようとするならば、米大統領は、ベトナム戦争当時リチャード・ニクソンが使った「マッドマン(狂人)」戦略を志向しているのかもしれない。やや微調整を加えたそのアプローチは、トランプが次に何をするか(敵国であろうと、同盟国であろうと、友好国であろうと)誰にもわからないように振舞うことで、過去の経験に基づく予測の確実性を低下させ、皆がトランプ、そして彼の思考に集中せざるを得ない状況をつくり、最終的に自身の意思を推し通すというものだ」と。
強靭な「社会的レジリエンス」があるかないかが、これからの社会により重要になっていくであろう、と。そして、社会のレジリエンスを向上させていくためには、政府が対話を通じて、私たちが今どのような危機に直面しているのか、なにが危機に瀕しているのかを国民にしっかり伝えなくてはいけない、と。
なんとも、暗澹たる気持ちにさせてくれる一冊。でも、日本の報道だけでは読み取れない欧州、アメリカの真実が見えてくる。もちろん、フィクション。仮想のシナリオ。でも、将来に対してどう準備をしていくかを考えるには、必要なワーストケースシナリオかもしれない。
いやだな。
国民国家なんか作ったから、こうなるのか‥‥。
昔に戻ることはできない。
でも、より良いを将来を作ることはできるはず。
人間は自然の一部であって、自然は人間の支配下にあるものではない。自然に国境はない。国民国家がなぜ必要となったのか、もう一度歴史を振り返る時なのか。
やはり、仮装地球敵でもやってこないと、地球は一つになれないのか…。
なんで、仲良くやれないんだろうねぇ…。
