『日本のこころ』 by 岡潔

日本のこころ
岡潔
講談社
昭和43年9月28日 第1刷発行

 

岡潔さんの書籍を初めて読んでみた。『数学する人生』で森田さんが随分とまとめてくださっていたのだが、やはり原文『日本のこころ』は面白かった。

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出版が昭和43年9月28日。なんと、私の生まれた翌日である。1968年。昭和だ。
あとがきをみると、1967年2月、とあるので、書かれたのは私が生まれる前。
文章の中には、戦争や日本国憲法、当時の学校教育法に対する否定的意見、今では差別用語となっているような言葉もあるけれども、あまり違和感を感じない。

岡さんの心からの想いがにじみ出ている。


読んでいて、意味不明な難解な数学や仏教の話がでてくるのだが、なんとなくふんわりと分かるような気がして、読みながら、なんだか微笑んでしまう感じ。
ふふふ、って感じ。

心が優しくなれる一冊。

本書は、
第一部 人生
第二部 情緒 
第三部 教育
と三つで構成される。

この中のいくらかの部分は『数学する人生』の中で森田さんがそのまま引用されていたので読むのが2回目という感じだった。

そして、読んでいて思ったのが、同じ言葉、同じ文章が繰り返される、ということ。
「最近の編集者は、繰り返すのを嫌うけれど、私は繰り返して書く」といいつつ、なんどか同じ言葉が引用されたり、おなじ経験談がでてきたりする。
もちろん、岡さんの考えも繰り返される。

だから、難解な言葉がある一方で、なんとなく、岡さんが伝えたい言葉が優しく伝わってくる感じがするのだ。
不思議と、心地よい一冊だった。

 

思想が、やはり、吉本隆明さんと重なる。
最後の章は、教育がテーマになっているが、吉本さんも教育について多くのことを語っている。結構、似ている。

教育の基本は、心を育てることであり、競争心をあおって勉強ばかりの人間を育てることではない、と。
大学が卒業証書を出すことを廃止すれば、日本はもっと良くなる!と。

教育における競争意識は、百害あって一利なし」ということをおっしゃっている。

本書をよんで、岡さんの思想が、じんわりと伝わってくる。

 

彼自身のパリ留学時の経験や、日本へ戻ってから仏門にはいったり、大学をやめて一人で研究していたらお金に困って、家族を養うために大学に戻ったはなしなどなど。
お話としても面白い。失敗談や、冒険談。子供のころ、成績がイマイチだった話。

岡さんの心の動きがわかる一節を以下に引用する。

 

”試験が済んで郷里へ帰ったが、この不成績が気にかかってクヨクヨしていた。ところがある朝、庭を見てみると白っぽくなった土の上に早春の日が当たって春めいた気分が溢れていた。これを見ているうちに済んだことはどうだって構わないと思い直し、ひどく嬉しくなったことを覚えている。”

 

素敵な経験ではないか。

こういう心の動きを、素直に文字化できることも素敵だと思う。

 

本当に数学の研究に没頭すると、他のことが一切目に入らなくなり、時間の概念も飛んでしまうという。研究の最中に、階下の時計を見に行くのだが、見に行ったことは覚えていても、時間としてみておらず、なんとなく時計の長い針と短い針の位置が画像として脳に残っている。そして、自分の研究室に戻って、あ、いま時計を見に行ったんだった、と思って思い返すと、画像の記憶から何時だったかを思い出す。
研究に没頭してる時と言うのは、景色は見えていても、関心を持たない。
それくらい、今どきの言葉でいってみれば、「フロー状態」ということ。

そのくらい精神統一されていると、気分は、「のどかな春」なのだそうだ。
そして、その時の脳は、理性ではなく情緒で動いているのだと。

記憶や判断をつかさどる大脳側頭葉ではなく、感情・意欲・創造をつかさどる大脳前頭葉で考えている感じだそうだ。

 

「フロー状態」が「のどかな春」とは、なんとなくわかる気がする。緊張感ではなく、没頭している感じ。ふと我に返って、あぁ、なんか気持ちよく集中していたな、っていうとき。

 

岡さんのまっすぐさが、にじみ出ている一節。

芭蕉に、 
蛸壺やはかなき夢を夏の月
という句がある。
人はどうしか知らないが、私はこの句を見るとこう思う。
明石の浜にたこつぼがある。(海の浅い砂地につけておくとタコは良い隠れ家だと思ってその中に入っているそれを朝捉えるのである)
タコが一匹その中に入っている。それが私である。
上を見ると空(水面)一面の月である。静かに波が打っているから、それがキラキラ光ってなんとも言えず綺麗である。私は美しい夏の月だよなぁと思う。夜があけるまでの命とも知らないで。”

ふわーっと、優しい気持ちになった。

「蛸壺やはかなき夢を夏の月」

明石の海が、ありありと浮かんでくる感じ。

何も知らずに、平和な気持ち。

それで、いいんじゃない?と思いたくなる気持ち。

 

他にも、岡さんの、正直な言葉がたくさん並んでいる。

「人の成長には、心をそだてることが一番大事で、成熟は遅いほうがいい。早く育てようとすると、ろくでもないモノが育つ。」

思いやりの心が一番。」

「自分は、『人を先に、自分は後に』と、祖父から言われ続けて育った。」

『年長者を大切にしろ』なんて教育は、ろくでもない。ただ、心をそだてればいい。

 

白隠禅師の「不可知 無所得」と言う言葉が引用される。
知ろうとしてはいけない、得ようとしてはいけない。
自然と知り、自然と得られるものがあるということ。


そして、その話の流れで、水滸伝』の主人公、林冲の話が出てきた。
岡さんは、数学だけでなく、たくさんの本、絵画、色々なことに心で触れてこられて、本当に豊かな心の方だったのだと感じられる。

水滸伝』、私は北方謙三のシリーズで、夢中になって読んだ。林冲と言う人のかっこよさにひかれた。梁山泊に行きたいと思った。毎月、新刊が出るのを楽しみにしていた。
そんな話が引用されていたことに、少し、親近感を覚えた。

「禅では、法とは『任持自性規生物解』という」
なんじゃそりゃ??とおもったら、岡さんも最初は何のことだかわからなかったと書いていて、ふふふ、と思う。
任持自性規、生物解。自性や自規を持つに任せておけ、そうすれば分かってくるということ。

 

恋愛の基本は、自己犠牲であり、自己主張ではない
夫婦なんてものも、お互いの主義主張をはりあっていたら、心休まる家庭はできない。自己犠牲をすることが喜びになるのが心休まる家庭、というようなこと。

 

教育における『人づくり』なんて、思い上がりもはなはだしい

人の子を育てるのは大自然なのであって、人はその手助けをするに過ぎない
人は、心が育てば、勝手にそだつ。何かを誰かに教え込んで作り上げようだなんて、とんでもない。
子供は、外で自由にあそぶことが何よにより大事。


「スミレはスミレでいい。」

「独創とは自由な心の動きである。」


みずみずしい言葉が並ぶ。

そうか、この本に森田さんは魅了されたのか。
よくわかる。

 

仏教の教えについていても、分かりやすく記載されている箇所がある。
坐禅をしていても知らないことがたくさんあるので、勉強にもなった。

自分とは何なのか。
小我とは?
真我とは?

小我が一般に自分と思われがちだが、小我とは自分本位の好き嫌いをもった自分。
真我が、本当の自分で、不変のモノ。好き嫌いを超越した人としての自分。

真我が自分と思えるといい。
真我が自分と思っていると、人生が長い向上のように思える、と。

 

私が読んだのは、図書館で寄贈品として残っていた一冊。後ろポケットに貸出カードが残っていた。日付のゴム印の押された貸出カード。
今手に入れることのできる改訂版は、少し編集されているのかもしれないけれど、手元に置いておいてもいい一冊だなぁ、と思った。

 

まだまだ、語りつくせない魅力の詰まった一冊だった。

出あえてよかった本だった。

 

人と比べないって、大事だな、とつくづく思う。

それが、自由に「はたらく」ということかもしれない。

 

 

読書は楽しい。 

 

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日本のこころ』 岡潔