『地政学入門』 by  佐藤優

地政学入門
佐藤優
角川新書
2021年11月10日初版
2016年晶文社の『現代の地政学』を改題し再編集したもの。

 

地政学つながりで、図書館で借りてみた。


元は2016年の本ということだが、新書版のまえがきには2021年8月15日イスラムスンナ派武装組織タリバンアフガニスタンの首都カブールを制圧したことが言及されている。今読んでも、十分勉強になる一冊。


まえがきで佐藤さんが言っているのは、地政学と家族を結びつける思想の話。イスラエルの哲学者、ヨラム・ハゾニーのナショナリズムの美徳』を引用し、多元主義(各国の文化や個性を重視する)と普遍主義(グローバリゼーションにつながる単一の原理で世界が統一される)の二つの考え方があり、普遍主義と思っていることは、実は、最強帝国(アメリカ)による世界の一極支配から紛争をもたらす可能性があると言っている。そして、普遍主義的なリベラルに対して、家族を基盤に部族・民族へと発展していく文化を基盤とした政治共同体が、より大事になっていくのではないか、と。
これからは、地政学と家族を結びつける思想が時代を切り開いていく可能性がある、と。

社会の最小単位が家族であるとすれば、それはもっともなことかもしれない。

 

本書は、もともと、どこかでの講義を文字起こししたような感じ。
「今からお話しするのは、ものすごく怪しげなことです。まともな大学教科書に載るような話ではありません。」と言って始まっている。クリティカルだということだろう。

 

目次は、
第一講 地政学とは何か
第二講 ハートランドの意味
第三講 ヨーロッパと中東
第四講 海洋国家とは何か
第五講 二十一世紀の地政学的展望

 

講座の教科書として、すすめているのが、マッキンダー地政学と、高校の『地理B』の教科書。わたしはどちらも持っていないが、、、、ま、そのまま読み進めることにした。佐藤さんの説明の概要を理解するのには、本書でも十分。本書と合わせて、いくつか佐藤さんの地政学の本を読んでいると、同じ言葉が繰り返されるので、枠をとらえることができる。もっと、細かく知りたければ、もう、日々の新聞をしっかり読み込むのが一番だろう。『マッキンダー地政学』は、1919年、第一次世界大戦が終わった翌年の本。それでも、佐藤さんが教科書として薦めるのは、大事な基本原則が書かれているからだと思う。

 

第一講、地政学の話の説明の中で、教育の話が出てくる。モンテッソーリ教育について。自分の能力は、社会に貢献するために使いなさい、という教え。小さいころからそう教えられて育ったのが、ジェフ・ペゾス、セルゲイ・ブリンラリー・ペイジ。エリートやお金持ちになったら、自分の得たものを他の人にも分け与えろと教えられて育った人たち。自分のために儲けを独り占めしてはいけない、と言われて育った人。なるほど。AmazonやGooglenなしで生活することは、今や考えられない。生活を便利にすることで、余剰時間という素晴らしい価値を提供してくれていると思う。

 

分け与えると言えば、贈与と返礼、という話もでてくる。人は、与えられると、返礼をしなくては、と思ってしまうもの。試食すると買わなきゃって思うとかもそうだ。かつ、インテリジェンスの世界の危険は、ハニートラップよりも、少しずつ恩をうけてしまうような関係。最初はたばこ一本、コーヒー一杯、ワイン一本、ウオトカ一本、食事、ディナー、旅行、、、、気が付いたら、ずぶずぶにお金を使わせている。。。そのころには、「○○の情報を」と言われて、断れなくなっている、、、。ありそうで、怖い。
ただほど高いものはない、、、ってやつか。

 

第二講では、地理、地図の話。ハートランドというのは、マッキンダー地政学上の要となる場所をそう呼んだ。ユーラシアとサハラ砂漠の南。マッキンダーの理論は、ハートランドを支配したものが世界を支配する。ハートランドを支配するには、東欧を支配しなくてはいけない。だから、ロシアとドイツを注視する。


そして、領海のはなし。佐藤さんの本には、しばしば領海の話がでてくるが、ここで、覚書。

領海:一年のうち一番低潮になったとき、海面に出ている地面の線を基線と言って、そこから12海里を領海と言う
基線から12海里が領海、そこからさらに12海里離れた24海里までを接続水域という。

国際法には、無害通航権というものがある。漁業をしたり調査をしたりゴミを捨てたりしないで、通行するだけであれば、外国の軍船が領海を通行してもよい、というルール。ただし、潜水艦は、通るならば浮上しなければいけない。

領空:領海の上。

空に関しては、国の排他的主権が及ぶので、勝手によその国の領空を飛んではいけない。

 

フランス革命の時のジロンド党は、ばらまき政策を行う。「パンをよこせ」というデモに対し、国王、貴族や司祭がもっているものを再配分してばらまく。しかし、それは財源の壁があって、いつまでもばらまきを続けることはできない。また、ばらまき政治は、安全保障について考えないという特徴もある。そして、佐藤さんは、それを民主党政権の時代と重ねる。財源の壁で行き詰まり、安全保障で頓挫する、、、、。まさに。

 

緩衝地帯の話。「モンゴル=タタールの軛」があって、ロシアは国境を線ではなく面で持ちたがるという話。ロシア人独特の地政学、安全保障観。だから、ウクライナ問題になる。

 

ドイツでは、地理の勉強をかなり積極的にやっているという話に、受講生がその経緯を質問する。佐藤さん曰く、ドイツは常に地形を考えて戦争準備をしなくてはいけなかった。地形といっているのは、平面地図ではなく立体地図。なぜなら、山脈が重要な砦あるいは障害になるから。だから、地理に敏感だった。その話の流れから、ドイツ人の生活は質素だという話に。そして、「ルフトハンザみたいな灰色の飛行機に乗って、待合室も灰色の壁に単調なパイプ椅子がならんでいるみたいな、ああいう機能美をドイツ人は素晴らしいと思っている。わたしなんか、うんざりするから、ルフトハンザは出来るだけ避ける、、、」と。
ちょっと、笑った。たしかに、地味な灰色


第三講 ヨーロッパと中央。「人権」と「神権」のはなし。いつもの佐藤さんの説明。人権の反対は神権。無神論者のフォイエルバッハを引用している。
「宗教が人を人間を作ったのではなく人間が宗教を作った。神が人間を作ったのではなく人間が神を作ったのだ」 
人間は全能だから、色々できる。だから、ヨーロッパは経済的に成功して世界を制覇した。神権の裏返しである、人権という思想が普遍的になった背景の説明。近代的なシステムの中では、人権をベースとして動かさないと機能しないことがある。だから、多くの国では人権がメインになってくる。一方、アラブは今でも神権。行き過ぎればイスラム国。

 

第四講 海洋国家。アメリカのキリスト教は、キリスト抜きのキリスト教ユニテリアン、という話。だから、「神にかけて」と宣誓するけど、「キリストにかけて」とは言わない。
佐藤さんは、アメリカは、イエス孔子ブッダも、偉大な人ではあるけれど神の子ではないと思っている、キリスト教ではあるけれど、イエスは神の子などではないという価値観があり、それを輸出したがっているのでは?という。だから、アメリカを理解するには地政学だけでも足りず、キリスト教を理解しないといけない、と。

 

第五講 未来のための教育言葉は大事。
われわれは徹底して日本語で教育すればいいんです。いざ、仕事で必要になったらその時に英語を必要なレベルまであげればいい。日本語による情報伝達をおろそかにすることは、かえって社会の弱体化につながる。」といっている。
イスラエルは、ヘブライ語で教育をする。民族を維持するのに大事なことだから。 

 

言葉は、本当にそう思う。

しっかりと理論的に思考できる母国語をしっかり学ぶというのは大事だと思う。たしかに、子供の時に英語を話していると耳が英語耳になるということはあるだろうけれど、、、英語だけでなく、日本語をちゃんと聞く耳だって必要だ。

 

佐藤さんの地政学、難しいけど、面白い。政治と、地理と、宗教と、、、宗教の視点が入っているのが、他の人と一番違うところだと思う。しかも、その視点がぶれないから、何冊か読んでいるうちに、宗教のことがうっすらわかるような気がしてくる。

megureca.hatenablog.com

megureca.hatenablog.com

話が色々なところに派生したけれど、地政学というのはそもそもそいうものなのだろう。

面白かった。

 

読書は楽しい。

f:id:Megureca:20220203101900j:plain

地政学入門』佐藤優