『ゴッホの手紙』 by  小林秀雄

ゴッホの手紙 
小林秀雄
新潮文庫 
令和2年9月1日発行 
令和5年6月20日 3刷

* 本書は新潮社版 第五次小林秀雄全集』 及び 『小林秀雄全作品』(第六次全集)を底本とした。

 

言わずと知れた、名著、『ゴッホの手紙』。昔、パラパラと読んだことはあったのだけれど、『本居宣長』を購入するのに合わせて、ポチった。『本居宣長』が、とある勉強会の課題本になっているから、購入したのだけれど、難しすぎて、読み進まない・・・。で、先にこっちに手が出てしまった。

やはり、、、。素晴らし一冊。

 

本の裏の説明には、
昭和22年、 小林秀雄は上野の名画展で、 ゴッホの複製画に衝撃を受け、絵の前でしゃがみ込んでしまう。「巨きな眼」に 見据えられ、 動けなくなったという。 小林はゴッホの絵画作品と弟テオをとの手紙を手がかりに彼の魂の内奥深く潜行していく。 ゴッホの精神の至純は ゴッホ自身を苛み、小林をも呑み込んでいく・・・・。読売文学賞受賞。他に「ゴッホの絵」「私の空想美術館」等6編、カラー図版27点収録。

 

帯がついていた。
”苦悩
色彩の天才
ゴッホ
その知られざる素顔
弟の愛
破れた友情
売れない絵”

 

約300ページの文庫本。900円(税別)。高い!よね。文庫本としては。でも、カラーのゴッホの絵が挿入されているし、注釈もこまかく、、、、これは、やはり手元に一冊、という本だった。買ってよかった。

 

目次
ゴッホの手紙
ゴッホの墓
ゴッホの病気
私の空想美術館
ゴッホの絵
ゴッホ書簡全集」
「 近代芸術の先駆者」序

 

感想。
あぁ、、、ゴッホって、本当に、、、。
ゴッホってば、ゴッホてば、、、。
ゴッホが愛おしくてしかたがなくなる一冊。

 

そして、小林秀雄が、ゴッホの絵画だけでなく、書簡にどれほど心打たれたか、というのが伝わってくる。人の手紙を勝手にサマリーして解説するなんて、、とも思いつつ、ところどころ、「説明は省く」として、ゴッホの手紙、弟テオからの手紙、、、が紹介される。どこまでも、あぁ、あなたはどこまでも、、、ゴッホに魅了されてしまったのね、って思う。

 

小林秀雄の作品としては、明快でわかりやすい一冊。だって、ゴッホの声が綴られているようなものだから。

 

小林秀雄が、衝撃的にゴッホの作品(の複製画)にであった時のことが、最初に説明される。

 

”・・・ 仕方なく、 原色版の複製画を陳列した閑散な広間をぶらついていたところ、ゴッホの画の前に来て愕然としたのである。それは、 麦畑からたくさんのカラスが飛び立っている画で、 彼が自殺する直前に書いた有名な絵の見事な複製であった。尤もそんな事は、後で調べた知識であって、 その時は、ただ一種異様な画面が突如として現れ、 僕は、 とうとうその前にしゃがみ込んで了った。”

 

と、『鳥のいる麦畑』として本作品中にも掲載されている。ゴッホは、1890年7月に死ぬ前、ほんの2か月の間に、すさまじい数の作品を残している。その一つだと言われている『カラスのいる麦畑(Champ de blé aux corbeaux)』(ファン・ゴッホ美術館所蔵?)だと思う。

ゴッホに魅了された小林秀偉は、その後、ゴッホが弟テオにあてた書簡に関して、ボンゲル夫人(テオの妻)が編纂した膨大な全集があることをしり、式場隆三郎氏からそれを拝借する機会をえる。そして、

 

僕は、殆ど三週間、外に出る気にもなれず、食欲がなくなるほど心を奪われた”と。。。

ゴッホからあふれていたのは、作品制作の情熱だけではなく、言葉だった。日記でもなく、小説でもなく、手紙なのだ。テオに、テオの妻に、母に、、、吐露する言葉は、詩人のそれである。

 

ゴッホの絵画と、ゴッホの書簡との両方を、同時に触れることができている私たち世代にとっては、あの印象的な画と、あまりに正直で純粋すぎるほどの書簡の文章と、両者を持ってゴッホを理解することができるのだけれど、絵画しか知らず、はじめてこれらの書簡をめにすれば、、、その衝撃は、、、と思う。

 

本書を読めば、ゴッホの一生が見えてくる。

 

牧師の子であり、牧師になろうとして失敗したことがあること。生活は、弟のテオなしには成り立たなかったこと。描いても描いても売れない絵。ゴーギャンとの生活。破綻したゴーギャンとの生活。耳切り事件。精神病院へ収監。ゴッホを救おうとしてくれた精神科医ガッシェとの交流。それでも、描いて、描いて、描いて、、、自殺。。。

 

オーヴェルの丘で木に登ったゴッホは、「とても駄目だ、とても駄目だ」とつぶやいていたという。そして、拳銃で自分の心臓を狙ったはずが、死ねなかったゴッホは、一旦自分の下宿の部屋までもどる。そして、寝台に倒れた。ゴッホの最期の言葉は、「さてもう死ねそうだよ」。

 

弟のテオも、兄の後を追うように亡くなってしまう。。。自分の息子にヴィンセントと兄の名をつけるほどに兄をしたっていたテオ。のこされた夫人。。。

二人の兄弟は、並んでオーヴェル共同墓地に眠っている。

 

ゴッホは、絵が売れてほしいと思う反面、評論家に褒められるとやめてほしいと願った。ゴッホが最期の時期に、あれほどの絵をかけたのは、悲しいかな、売れなかったからかもしれない、、、。
でも、。最後、「メルキュール・ド・フランス」誌上で、批評家に褒められた時は、
「僕は嬉しい。感謝している。・・・人間は褒められることが本当に必要なのだ」と書いている。あぁ、、それもわかる。。。

 

ルノアールは、ゴッホの絵をけなした。ゴッホの絵は、観る人を幸せにしない、と。ルノアールの絵は、確かに、観る人を幸せにする。幸福にあふれた絵が多い。では、ゴッホの絵から幸福を感じるかといわれれば、それは、否かもしれない。でも、どちらが生きるエネルギーを感じるかと言えば、、、ゴッホは必死に生きていた、、、それが、、ゴッホの絵なのだ。

いいとか、悪いとか、そういうことではなくて、好きとか、嫌いとか、そういうことではなくて、画家の作品は、画家の生き方なのだ。人様が口出しすることではない。。。
そんな気がしてきた。

 

小林秀雄が、ゴッホと同世代の画家たちにも言及しつつ、ゴッホの生き方に解釈を加えている一文がある。

 

彼が牧師になりたかったのは、説教がしたかったからではない、ただ他人の為に取るに足らぬ我が身を使い果たしたかったからだ。

 

小林秀雄は、ゴッホの作品ではなく、ゴッホという人に惚れ込んでしまった様子がよくわかる。

ゴッホの言葉は、愛に満ちている。地球人だったんだな、って思う。自然への愛、人への愛。自分自身への愛。自分自身への悲しみ。

 

ゴッホの人生を知りたいなら、原田マハさんの『たゆたけとも沈まず』がおすすめ。そして、本作品を合わせて読めば、ますますゴッホにハマること間違いなし・・・って思う。

megureca.hatenablog.com

 

そして、『ゴッホのあしあと』も。

megureca.hatenablog.com

 

やっぱり、Artだよ。

そして、本書を読んで気が付いたことがある。「私の空想美術館」って、そうか、小林秀雄だったのか。
原田マハヤマザキマリの『妄想美術館』って、このもじりだったのか?!

megureca.hatenablog.com

 

1人の画家を深堀していくことが、こんなにも深く、楽しく、美しく、悲しい世界にたどり着くとは、、、と思う。

 

本作品は、決して伝記ではない。そう、「ゴッホの手紙」なのだ。私がタイトルをつけるなら、小林秀雄ゴッホへの愛』かもしれない。

 

読書は楽しい。