『カラスの街』  by ポール・オースター

カラスの街
ポール・オースター
柴田元幸 訳
新潮社
2009年10月30日 発行
CITY OF GLASS(1985)

 

新聞で著者の訃報を目にして、読んだことが無いことが気になった。

 

記事では、
”【ニューヨーク=共同】米メディアによると、小説「ガラスの街」などで知られる米作家ポール・オースターさんが4月30日、肺がんによる合併症のためニューヨークの自宅で死去した。77歳だった。
1947年、東部ニュージャージー州生まれ。コロンビア大大学院で文学を学んだ。石油タンカーの乗組員を経てフランスに渡り、文学作品の翻訳などに従事。74年に帰国した。
85〜86年、「ニューヨーク三部作」と称される「ガラスの街」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」を発表し、現代米文学の旗手として一躍注目を集めた。 ”
と。

 

名前は聞いたことがある気がするけれど、たぶん、読んだことが無い。図書館で『カラスの街』を借りてみた。

 

本にある著者紹介では、
”無類のストーリーテラーとして現代アメリカを代表する作家”とあった。

原作は、他の翻訳者による翻訳本もあるようだけれど、たまたま私が手にしたのは、柴田さんの翻訳本だった。『翻訳教室』の著者であり、セミコロン』では帯に言葉をよせていた。

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訳者あとがきによると、本作は、最初、17の出版社で出版を断られたのだそうだ。一般の探偵小説の枠組みではないから、、ということだったようだけれど、さて、これは探偵小説か???私には、そうは思えない。

”1981年、現在の妻シリ・ハストヴェットと出会って人生の様相が(もちろん、いい方に)一変したのち、「彼女に出会えなければ自分がどうなっていたかを思い描こうとして」ポール・オースターは本書『ガラスの街』を書いた。”とある。
著者が、今の自分ではない著者に出会う物語、、、。

 

感想。
おもしろ~~~い!!!
223ページの単行本だけれど、結構、一気読み。文字間も読みやすくって、ワクワクドキドキして、あっという間に読んでしまう。探偵小説ではないだろう。推理小説でもない。サスペンスでもない。SFでもない。でも、ちょっと、現実と仮想世界とが交差するような、、、。

ぐるっとまわって、あぁ、、、そうか!って。

いやいや、これは、面白い。ストリーテラーというのがわかる。重すぎない。軽すぎない。もしかすると自分もその時、その空間を主人公と共有していたかもしれない。

NYの街にいるたくさんの人々の存在、身を隠すように生きる人々。娑婆に戻って我が道をいく元教授。なりすましで本当の自分を偽っているうちに、本当の自分を失くしてしまう男。他人にやさしくできる人。優しく出来なかったと悔やむ人。。。

”そもそものはじまりは間違い電話だった。”と、始まる。

ストーリーはそんなに複雑ではないのだけれど、主人公のクインが、ポール・オースターさんと話したい」という電話を受け取り、ポール・オースターになりすますことから、物語が展開する。そして、私は、読んでいるうちは気づかなかったのだ。「ポール・オースター」こそ、この本の著者じゃないか!!と。

そもそも、著者がこの物語を語っているところから始まる。いつの間にか、一人称なのか、三人称なのか、、、物語の中に入り込んで、クインとポール・オースターの関係を忘れて読んでいた。そして、最後の方で、語っている「私」こそが、ポール・オースターだった!と気づいたのだ。

これが、日本人の著者だったら、気が付いたかもしれない。。。。ポール・オースターの作品を読んでみよう、と思って手にしたにも拘わらず、作品中にでてきた人物名が著者だと気が付かなかった・・・・。なんというボケボケ。

でも、面白い。

そして、作品中に引用される、聖書、バベルの塔、白鯨、、、数々の隠しネタがまた面白い。訳者あとがきて、本文中には入れたくなかったといって、いくつかの注釈が掲載されている。私には、わからなかった作品からの引用もたくさんあったみたい。

 

以下ネタバレあり。
簡単に説明する、、のも難しいのだけれど、、、、

 

クインはペンネームを使って小説を書いている35歳。5年前に、妻と息子(5歳)を亡くしている。書いているのは、探偵小説。でも、ちょっと、人生に疲れている。
そして、ある日の夜中、間違い電話がかかってくる。「探偵のポール・オースターさんとはなしたい」と。そして、間違いだといっても、繰り返しその電話はかかってきた。

クインは、何度目かの電話で、「私がポール・オースターだ」といって要件を聞く。「助けがいるのです」「死と殺人です」「あなたに護ってほしい」と。クインは電話の主と会うことにする。

約束の場所へ行くと、待っていたのはスティルマン夫妻。夫のピーター・スティルマンは、ちょっと言動がおかしい。妻のヴァージニア・スティルマンは、夫は幼いころに父親から虐待されたといい、その父親が刑期を追えて出所してくるので、また、ピーターを襲いにくるとおもう。だから、護ってほしい、と。

クインは、500ドルの小切手を受け取り、仕事を引き受ける。護ると言っても、頼まれたのは、父親のスティルマンの行動を監視すること。クインは、スティルマンについて調べる。スティルマンは良家の出身でハーバード大学を卒業し、コロンビア大学で教授をしていた。スティルマンの著書は、『楽園と塔 初期の新世界像』というタイトルで、大学の図書館にあった。それは、アダムとイブが楽園を追放されたこととバベルの塔アメリカ大陸発見とインディアン搾取とをオーバーラップさせて論じられた著書だった。「言語」が一つのテーマともなっていて、ミルトンの『失楽園』『言論の自由』なども引用されている。

そして、スティルマンがニューヨークへ戻ってくる日を迎える。その日から、クインは2週間、スティルマンを尾行する。毎日、その様子をノートに記録した。スティルマンは、毎日、ニューヨークの街を散歩した。そして、時々地面に落ちているものを拾っては大事そうに持ち帰った。スティルマンに、ポールを襲う気配はみられない。そして、毎日、スティルマンの様子をヴァージニアに電話で報告する。

かわったことは起こらないので、もう、監視はやめていいのではないか?そして、僕流のやり方でスティルマンと接触させてもらいたい、とヴァージニアに切り出す。そして、クインは、さりげなくスティルマンと会話をする。

スティルマンは、今も研究のためにものを集めているのだといった。数回あったけれど、スティルマンは毎回クインのことがわからないようだった。そして、あるときは、あなたの息子のピーターだと名乗ってみるのだが、「おまえのことを誇りに思うぞ」と言われるのだった。そして、「これでわしも安心して死んでいけるよ、ピーター」と言われて別れる。

そして、そんな会話をした翌日、突然、スティルマンは姿を消してしまう。焦ったクインは、そのことをヴァージニアに報告する。ヴァージニアはしかたがない、というだけだった。「何とかする」といったものの、クインには何の策もなかった。

そして、クインは、電話帳で本当の「ポール・オースター」を探し、会いに行く。ポール・オースターは、実在した。でも探偵ではなかった。小説家だった。妻がいた。幼い男の子がいた。これまでに起きたことを正直に話すと、親身になって聞いてくれた。オムレツをご馳走してくれた。そして、ポール・オースター宛の500ドルの小切手を彼にゆだねた。現金化して、クインに渡してくれるという。

探偵ではないポール・オースターにはスティルマンを見つける手立てがあるはずもなく、クインは独自にピーターとヴァージニアの住むアパートを監視することにする。まるで、浮浪者のように外で24時間、数か月過ごしているうちに、本当に浮浪者になっていくクイン。。。お金は尽きた・・・。

クインが自分のアパートに戻ってみると、家賃を滞納していたせいで、部屋には自分ではない他人が住んでいた。家具も、妻や息子の写真も、なくなっていた。。。
現金化された500ドルを受け取れればとおもって、ポール・オースターに電話をするクイン。すると、「小切手は不渡りだった。スティルマンは死んだ。」と聞かされる。

クインは、、、彷徨う。。。。

そして、最後は、、、という話を友人のポール・オースターから聞いた私の語りで終わる。。。

”クインについては、彼がいまどこにいるのか、私には何とも言えない。(中略)
私の思いは依然クインとともにある。彼はいつまでもわたしとともにいつづけるだろう。かれがどこへ消えていったにせよ、私は彼の幸運を祈っている。”

THE END

 

なんとまぁ、、、。
実は、スティルマンとクインの会話が深い。 

 

実に、面白い。不可解な物語ながら、読んでいて、飽きさせない。へぇ、、、こういう作家だったんだ。ちょっと、村上春樹の世界とも似ている。アラスター・グレイとも似ているかも。そして、私は、こういう小説が好きなんだ、ということに気が付く。

 

うん、読書は楽しい。

 

 


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