『斜陽』
斜陽 人間失格 桜桃 走れメロス 他7篇
太宰治
文春文庫
2000年10月10日 第1刷
2012年8月1日 第12刷
図書館で借りた本の中の一作。
没落貴族の家庭を背景に、滅びゆく高貴な美を描く『斜陽』。と、文庫本の後ろの説明にある。『斜陽』は、大学生くらいのときに読んで、こんなつまらない話、と思った記憶がある。
57歳で読んだ感想は、ちょっとちがった。
そういう時代だったんだな、、、、ということ。太宰治もまた、そういう時代の家の重さを感じていたのかもしれない。戦争、貴族、とは無関係に育った私でも、50年以上生きてきたことで、多少は想像力がひろがったのかもしれない。
主人公は、離婚歴のあるかず子。貴族の令嬢を絵にかいたような美しい母と二人ですんでいる。弟の直治は大学の途中で召集され、南方の島に行ったきり消息がたえ、終戦になっても行先不明。
日本が無条件降伏をした年の12月に父が亡くなり、かず子と母は、母の弟に経済的面倒をみてもらうこととなった。戦争が終わって世の中が変わり、貴族だからといって生活が豊かなわけではなく、叔父のすすめで東京の家を売り、伊豆の山荘へ引っ越してきた二人。母は、引っ越してすぐに熱をだしたり、少しずつ衰弱の様子をみせる。
かず子は、離婚や死産したことを自分の暗い過去だと思っている。母は清らかな人で、自分のような暗い過去をもたない。母には美しいままで、生きていてほしいと願う。そんな母だが、伊豆にきてから少しずつ弱っていく。
かず子は、庭に蛇の卵を見つけ、マムシだと怖いからと卵を焼いてみたけれどなかなか焼けず、土に埋めているところを母にみられ、すまない気持ちになる。
父が亡くなったとき、枕元に黒いひものような蛇がいた。かず子にとって、蛇は死を連想させた。
蛇のことがあってしばらくしたある日、かず子はお風呂のかまどの灰の不始末から、ボヤ騒ぎを起こす。警察や消防もきて一時大騒ぎとなるが、ボヤですんだためにお咎めなし。近所の人たちも火消しを手伝ってくれた。翌日、謝罪のあいさつ回りに行くと多くの人はボヤですんでよかったといってくれたが、ある若いお嫁さんには、東京から出てきてままごとみたいなことしているから、と責められる。
東京の叔父が母の見舞いにきて、直治が生きていると聞かされる。が、以前と同様、アヘン中毒になっているという。
だんだんと家計が厳しくなり、二人が着物などを売ることで生活している中、直治が帰ってくる。シナ風な伊豆の山荘をみた直治はいきなり、
「わあ、ひでえ、趣味の悪い家だ」という。そして、夜は酒を飲みに出かけてしまう。叔父曰く、薬漬けよりは酒の方がましだ、と。
直治は酒浸りの生活をする。母はだんだんと衰弱していく。かず子は、年を取っていく。家計もいよいよ厳しくなるし、いずれ母は亡くなる。かず子は、見合いするなり、どこかに女中にでることを叔父に薦められる。母もそれがいいという。
伊豆にくるときは、「かず子と一緒だから東京を離れてもいい」といっていた母が、直治がかえってきたら「私をじゃまものにするんだ」と母を責めるかず子。かず子は、29歳になっていた。来年はもう30。
かず子の独白、
”女には29までは乙女の匂いが残っている。しかし、30の女の体には、もう、どこにも、乙女の匂いがない、というむかし読んだフランスの小説の中の言葉がふっと思い出されて、やりきれない淋しさに襲われ、外をみると、真昼の光を浴びて、海がカラスの破片のようにどぎつく光っていました。”
そして、秋のしずかな黄昏、母は亡くなる。日本で最後の貴婦人だった美しいお母さまは、亡くなった。
そこから、かず子の「戦闘、開始」。いつまでも悲しみに沈んではいられないと。
『トカトントン』と同じ、マタイ10章、28節がかず子を駆り立てる。
「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂をゲヘナにて滅ぼし得る者をおそれよ」
そして、かず子は、むかし直治が世話になっていた上原という小説家へ手紙を書き、会いに東京に出かける。直治の姉であると名乗り出て、関係を持つ。上原は、貴族を理解できないし、直治のこともつき合いきれない小生意気な男と思っていたというが、かず子の「あなたの子を生みたい」の願いにつき合う。上原には死がせまっていた。
そのころ、直治はかず子に遺書を残して自殺した。遺書は、数ページにわたる長い長い手紙。「姉さん。だめだ、さきに行くよ。」とはじまり、自分の生きざまを長々と振り返り、貴族として生きることができなくなった家を嘆き、「僕は、素面で死ぬんです。もういちど、さようなら。姉さん。僕は、貴族です」と結ばれていた。
直治が逝き、一人になったかず子は、上原の子供を身ごもっていることに気が付く。それは、かず子の希望だった。そして、「直治の子供だ」といって、「あなたの奥様に抱かせていただきたいのです」との手紙で小説は締めくくられる。
私生児を生んだ、元貴族のかず子は、この先どうやって生きていくのだろうか。。。
蛇は、母の死の前に庭にやってくる。母は、かず子が卵をやいた蛇のお母さんだという。父の死、母の死、蛇の卵の運命。
直治の死、上原の死の予感、暗いモチーフだらけ。そんな中で、かず子に宿る新しい命。見合いを断ったかず子が選んだのは、私生児であろうと自分の血を残すこと。
当時の貴族の生きづらさ、とそれにあらがうかず子の決意の話ってことだろうか。
蛇の卵を焼くなんて、考えただけでも忌。それを場面としてありありと描く太宰の図太い神経。薬浸りになって、酒浸りになって、自殺していく直治の遺書は、太宰の遺書なのだろうか。
こんなに暗いのに、読む人を惹きつける筆力。実は、最初は『斜陽』は読まずに本は図書館に返すつもりだった。でも、読み始めたら止まらなくなってしまった。
太宰治。不思議な人だ。
それにしても、30の女の身体には乙女の香りがしないとは、よく言ったもんだ。まぁ、そりゃそうかもしれないけどさ‥‥。そんなこと言ったら、30すぎた男には、おっさんの香りがする、、、、だろう。あんまり、文学的でない感じがするのはなぜだろう?!
やっぱり、もうちょっと、太宰治が読みたくなった。本は一度返却して、また、太宰の文庫本でも探してみよう。
