『 イラク水滸伝 』 by 高野秀行

イラク水滸伝
高野秀行
文藝春秋
2023年7月30日 第1刷発行 
2023年11月10日 第4刷発行
OUTLAWS of THE MARSH in IRAQ

 

2023年9月2日、日経新聞の書評に出ていて気になっていた。イラク水滸伝?なんだか面白そうじゃないか。でも、イラクとか、、、よくわからないし、、、、と思って、手にしていなかった。が、先日、『世界の辺境とハードボイルド室町時代を読んで、そうか、この高野さんだ!と気が付いたので、読んでみることにした。

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本屋さんで買ったのだけれど、おぉ!すごい、久しぶりに分厚い!!!本を買った。厚さ4cm。簡単に自立する分厚さ。ズシリと重い。。。。2400円(税別)。イラク水滸伝と、ユニークなタイトルだけれど、横文字タイトル「OUTLAWS of THE MARSH in IRAQ」を直訳すれば、「イラクの湿地のアウトロー」。水滸伝の英雄のような、アウトローの人々にであった冒険談。

 

帯には、
””現代最後のカオス” 謎の巨大湿地地帯へ
権力に抗うアウトローや、迫害されたマイノリティが逃げ込む、謎の巨大湿地アフワール
中東情勢の裏側と第一級の民族氏的記録。
”現代最後のカオス”に挑んだ圧巻のノンフィクション大作。

アフワール
そこは馬もラクダも戦車も使えず、
巨大な軍勢は入れず、境界線もなく、
迷路のように水路が入り組み、
方角すらわからない地

・謎の古代宗教を信奉する”絶対平和主義”のマンダ教徒たち
フセイン軍に激しく抵抗した 湿地の王 コミュニストの戦い  
・水牛と共に生きる 被差別民 マアダンの持続可能な環境保全の叡智
・妻が2人いる訳とは?  衝撃の民族的奇習 ゲッサ・ブ・ゲッサ
・”くさや汁”のようなアフワールのソウルフード 「マスムータ」
イスラム文化 を逸脱した自由奔放な マーシュ アラブ布を巡る 謎
 etc”
とある。

まぁ、盛りだくさん。

 

表紙裏には、
”中国四大奇書水滸伝』は腐敗と悪性がはびこる宋代(10~13世紀)に、町を追われて住めなくなった豪傑たちが、普通の人が近づけない湿地帯の中に続々と集まり、政府軍と戦う物語だ。
世界史上には、このようなレジスタンス的な湿地帯がいくつも存在する。
水滸伝自体、山東省の湿地帯に実存した盗賊集団をモデルにしていると言うし、 他にも、 ベトナム戦争時のメコンデルタ、 イタリアのベニス、 ルーマニアのドナウデルタ などがある。
イラクの湿地帯はその中でも最古である。
なにしろ、至近距離で人類最初の文明が誕生しているのだ。
「元祖・梁山泊」と言ってもいい。”
と、「はじめに」よりの抜粋が。

ページをめくるとたくさんのカラー写真が掲載されている。なんじゃこりゃ~~!って思うような風景が。高さ8mの葦。悠々と水の中をあるく水牛。毒蛇を片手ににっこりしている外国人(イラク人?)。マンダ教の儀式や洗礼の様子。食文化、湿地の伝統的船作りの様子。マーシュアラブ布(正式名称アザール)の鮮やかな刺繍の数々。
おぉ、これだけのところを旅してきたのか、、、。すっかり、グローバル化とか現代とはかけ離れたようでいて、原始的ではない。文化的なのだ。なぜかって、そりゃ、 ティグリス・ユーフラテス川に囲まれた湿地帯。それは、まさに世界最古の文明都市、メソポタミア、シュメール文化につながる世界なのだ。そんなロマンあふれる湿地帯でありながら、イランとイラクの国境付近。国家紛争のみならず、氏族間の紛争。そんな危険なところに、、、でも、行ってしまうのが高野さん。さすが・・・。

 

目次
はじめに
第1章 バグダード、カオスの洗礼
第2章  イラン 国境の水滸伝
第3章  新世紀 梁山泊チバーイシュ
第4章 イラク 水滸伝 6000年 脳内 タイムマシンの旅
第5章 「 エデンの園」の舟づくり
第6章  呪われた水滸伝の旅
第7章  謎のマーシュ アラブ布を追え
第8章  古代より甦りし舟は行く

 

感想。
おぉぉ。。。今回もヘビーだ。
コロナもありながら、、、舟での湿地帯横断は断念となったものの、よくぞカオスのイラクの中を御無事で・・・。しかも、旅のパートナー山田高司さんは、病み上がりで、かつ、高野さんの9歳年上。高野さんが1966年生まれだから、1957年生まれ。なかなかのお年だ。今回の冒険の旅物語は、1回の渡航では終わらない。計画を始めたのが2018年年明け。ビザの関係もあって、長期滞在はできないのだろう。日本で知り合った、たった二人のイラク人のうちの一人、ハイダル君に同行してもらい、バクダードへ。カオスの連続に驚きながらも、イラク梁山泊、アフワールへ足を踏み入れる。現地の人々に溶け込みながら、旅は続く。一旦帰国した後、2019年5月に、二回目のイラクへの渡航。湿地帯へいくなら舟で回ろうと計画して、舟をつくれる人を探す。無事に舟は完成したものの、時間切れで再び日本に戻る。そして、日本に戻っている間に新型コロナの大流行で渡航禁止。かつ2019年10月には、バグダード10月革命と呼ばれる反政府デモが発生し、600人の死者が出る事態に・・・。日本にいる間に、謎のマーシュアラブ布に出会い、その謎に魅了される。その後、2022年4月に、懲りずにアフワールに戻った二人。マーシュアラブ布の故郷を求めるうちにメソポタミア文明ウルク遺跡にたどり着く。

イラク湿地帯、アフワールに暮らす人々、マンダ教を信仰する人々は、「マアダン」と呼ばれ、イラクの中でも差別的にみられている人々だった。そんな人々とも仲良しになっちゃう高野さんと山田さん。ユーモアは情熱は、国境を超える?!?!

 

いやぁ、面白かった。
最初に、登場人物が紹介されているのだが、現地で出会った人々を梁山泊宋江、蘆俊義、呉用になぞって、ジャーシム宋江、マフディ蘆俊義、アヤド呉用なんて紹介してくれていて、水滸伝ファンには、ちょっとわかりやすい。ふむふむ、冷静沈着リーダーの宋江ね、、、ナンバー2だけど、ちょっと存在が微妙な蘆俊義ね、、、なんてかんじ。

あぁ、水滸伝を読み返したくなる・・・。

しかし、読んでみても、私の中で湿地帯アフワールの謎は深まる。中東で混乱が起きた時、多くの兵士がアフワールに逃げ込んだ。道が無いアフワールは、高さ8mの葦に囲まれてしまえば、どこからも居場所がわからなくなる。だから、恰好の隠れ場だったのだ。逃げ込んだ敵をあぶり出すために、フセインは水攻めならぬ「水止め」作戦にでる。そして、一端は湿地帯は消失し、そこに住む人々も移住してしまったらしい。しかし、数年後、フセインの堤防を破壊すると、もともと湿地帯で水牛をかい、漁をしてくらしていたマンダ教の人々は、故郷に戻り始め、元のように湿地での暮らしを始めた。しかし近年は、上流にダムが出来たりして、湿地は水不足なのだそうだ。

 

巨大な湿地の水が枯れていく姿は、ウズベキスタンアラル海の歴史と重なる。

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ダムや感慨によって、従来水のあったところの水が無くなり、生態系が大きく乱れてしまう。アフワールの生態系も、かつてのような多様性は既に失ってしまっているらしい。

でも、自然のままの湿地帯。人々が暮らす湿地帯、なくならなければいいな、と思う。

冒険物語で驚きの連続の中に、時々中東の歴史、メソポタミア、シュメールの歴史が語られる。さすが、厚さ4㎝の本だけはある。すごい情報量だ。

 

へぇ、っておもったことや、驚いたこと、ちょっとだけ、覚書。

 

マンダ教徒イラクではサービア教徒と呼ばれる。一般的に軽蔑、差別されてきた。シュメール人から受け継いだ、占星術の使い手でもある。

 

メソポタミアは、ギリシャ語で「二つの川の間」という意味。ティグリス=ユーフラテス側の流域。

 

イラクでは、スンニ―、シーア派クルドシーア派間、、、などの間の対立は話題としてタブー。「イラクには分派対立はない。みんな同じイスラム」というのが建前らしい。
だから、政府や警察は、分派間の対立は見てみぬふりをする。だから、、、なおさら混乱するんだね・・・。

 

シューメル人=宇宙人説、というものがかつて日本でも流行ったらしい。なぞのシュメール人がいた場所こそ、この湿地エリア。シュメール人は、今から6,7000年前にどこからかこの湿地にやってきて、突然ものすごく高度な文明を築いた。そして、忽然ときえていった。。。それは、夢も広がる・・・。

 

・「ムディーフ」:掘っ立て小屋のような、葦で湿地の上につくられた建物。ゲストハウスとして使ったりする。写真でみると、かなり立派な葦でできた水に浮かぶ巨大テントみたいな感じ。建設にかかるのは、専門大工集団8人くらいで2週間程度らしい。そんな場所で、周りの景色を楽しみながらお茶をもてなしてもらったら、、、おいしそう。

 

フセイン政権がとった湿地消失作戦は、水をせき止めるというより、別に深い水路をつくって、水の流れを湿地から別の場所へ移してしまった。

 

イラクの人は、イラクを「発展途上国」とみられることを嫌う。高野さんたちが「アフリカよりいい」といったら怒られた。「アフリカとくらべないでくれ。アメリカや日本と比べてくれ」そりゃ、6000年の文明の歴史があるのだ・・・・。ただ、都市部と湿地帯ではあまりにその文化は違った・・・。

 

イラク(バクダード)の女性は鶴。鶴の恩返しのように、姿を見せずに食事をつくってくれる。アフワールの女性は、鶴ではなく、にこやかに姿をあらわすのだった。

 

イラクのアフワールは、世界遺産に登録されている!!!知らなかった。だけど、観光にいくには、危険すぎる・・・。

 

・湿地帯ではトイレに困る・・・。なるほど。。。。。

 

・マンダ教は、アフワールにきてからグノーシス的な思想を完成させた。グノーシスとは、「 この世界は間違った神によって作られた 間違った世界である」とか、「人間の魂の 本来の居場所は真の神のいる 光の世界だ」とか、「正しい認識を持つ 一部 エリートが大衆を救う」といった思想上の共通点がある。混沌とした土地が、グノーシス思想になるのだろう、、、、って。ちょっと、わかる気がする。

松岡さんの言うところの砂漠型でもなく、森林型でもなく・・・。湿地帯型の思想というのがあるかもしれない。

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・「ザンジの乱」:アッバース朝時期、869年に起きた、西アジア史上最悪の叛乱。かつ、奴隷解放闘争でもあった。

 

・アフワールの舟大工の舟作りは、プリコラージュ。プリコラージュとは、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロールが提唱した概念で、「 あり合わせの材料を用いて自分で物を作ること」「 その場しのぎの仕事」。文明社会のエンジニアリングとは対照をなす。適当に木を貼り合わせていって、最後につじつまが合えばいい、、、というような作り方。
そういえば、タイ人の道路工事もプリコラージュだったな・・・。最後に急に曲がっていたりするのは、最後につじつま合わせをするから・・・・。
でも、プリコラージュできるというのが、生きる力があるということのように思う。

 

・コロナで完成したものの進水式もできずに倉庫で埃だらけになっていた舟を、湿地に持ち出すのに一苦労。舟は重いし、壁はあるし、フェンスはあるし。。。どう考えても、あの壁を超えるのは無理・・・。それでもアフワール人たちは、計画するまえに実行した。とてもそんなのムリだと思えることも、とにかく前にすすめた。そして、成し遂げた。
高野さんの言葉が胸に響く。
「やった者はやらない者より常にえらい」
うん。共感!!

 

・マアダンの人々は、漁師と牧畜民の二刀流。そして、生活が持続可能になっている。水牛の糞は、魚の大好物のエサだそうだ・・・。 

 

いやぁ、盛りだくさんだけれど、冒険物語なので読みだすと止まらない。

決して、自分で行ってみようとは思わないけど、、、すごいなぁ。

 

やっぱり、冒険話は面白い!!

ワイルドなアウトローの世界。人権的にはいかがなものかという慣習も残っている。一夫多妻の世界はよくわからん。イスラムユダヤ、マンダ、、、、それぞれがそれぞれに生きている混沌の世界。そして、織物や刺繍の歴史。土器と布。文化の象徴なのかもしれない。

 

まぁ、私がイラクに旅しに行くことはないと思うけど、面白かった。

読書は、楽しい。