『武士道の誤解 捏造と歪曲の歴史を斬る』
清水多吉
日本経済新聞出版社
2016年7月8日 一版一刷
新渡戸稲造をテーマにした懇話会の参加者から、こんな本もあるよ、と紹介された本。これを読むと、武士道への夢も希望もなくなる、、、と。
まぁ、世の中の評論本というのは、あっちの意見、こっちの意見、色々あるから面白いわけで、『武士道』が誤解されたり、捏造されたものだという意見の人がいたって、おかしくない。
ということで、、、図書館で借りて読んでみた。
日本経済新聞出版社が出版元というところが、ちょっと、興味深い。とんでも本ではなく、それなりに、由緒あるのか?
著者の清水さんは、 1933年会津若松 生まれ。
と、ここで、私はすでにちょっと構えてしまう。会津出身で、薩摩・長州とは、いまだに・・・・つまり、明治政府なんてもんは、、、という人が、実際にいるのだ。かつて一緒に仕事したベンチャー企業の社長が、酔うと「薩摩は・・・・」とか、「長州は・・・・」とか言うので、驚いた。著者よりは若いけれど、、私よりは年上の方だった。そして、一緒に海外出張に行ったとき、パスポートは持っていたけれど、クレジットカードをもっていなかったという、、、。ホテルのチェックインで絶句してしまった。。。なんてことを思い出した。
とまぁ、話がそれた。
著者は、 東京大学卒業、 同大学大学院修士課程修了、 立正大学教授、 ニューヨーク・ホウフストラ大学 客員教授、 東京大学、 名古屋大学、 静岡大学、 早稲田大学、 神奈川大学、 立教大学、 法政大学で非常勤講師、 社会思想史学会会長を歴任。。。著書も多数あるらしい。『西周』とか『岡倉天心』とか。。社会学者なんだろうか?
表紙は、歌川国貞『忠臣蔵銘々伝』。本書の中では、忠臣蔵の「忠義」についても、なんやかんや、、、と・・・。クリティカルコメント。
表紙をめくると、
” 武士道の代表取される『葉隠』が世に広まったのは太平洋戦争直前、 忠臣蔵はサラリーマン化した武士への庶民の面当て、 卑怯な考え として「孫子」を忌避した新井白石、 殉死は江戸時代初期の異常現象、太平記、甲陽軍艦 といった 古典から、橋川文三、三島由紀夫 まで、 武士道がいかに歪曲、 誤解されてきたかを 様々なエピソードを交えて解説する、思いもよらぬ事実が満載の本。”
とある。
目次
第1章 誕生 「もののふ」から「武士」
第2章 江戸期に衰退した「武士道」
第3章 平和の時代のルール サラリーマン士道 登場
第4章 江戸期、『孫子』の読まれ方
第5章 明治期の復活 「忠節」の対象は何か
第6章 新渡戸稲造『武士道』 見事な解釈
第7章 『葉隠』の出現 「死ぬ事」と「忍ぶ恋」と「 まぼろしの世」と
感想。
ふ~~ん。
なんじゃこりゃ・・・。
紹介してくださった方は、これを読むと武士道への夢も希望もなくなる、、、とコメントされていたが、べつに、、、、、。っていうか、わざわざ言わなくたって、歴史というのはある意味、捏造、、、とは言わないけれど、後の人が解釈した物語だ。そもそも、私は「武士道」に夢や希望をもっていたわけではなく、そうありたいと思っていた日本人がいたことが、ちょっとほこらしい、とおもっていたのだ。なに、本書を読んだからと言って、武士道への夢も希望も、奪われなかった。
だから、ふ~~ん、、っていう感想。
表紙裏にある”思いもよらぬ事実が満載”というのは、正しくない。”思いもよらぬ著者の解釈”が満載っていう本である。
そもそも、どういう設定の本なのか、本文は、「学生」に対して、著者が答える、問う形で表現さられいる。架空の学生をつくったのか・・・。そして、著者の回答は、「・・・といわれている」「・・・・なのだそうです」が頻発するのだけれど、文末に参考文献がない。
まぁ、読み物としては面白い。よく、歴史をご存じで!って感じ。
へぇ!そうだったの!っていう目からうろこは一つ、『葉隠』が、一般の人に読まれるようになったのは、著者の佐賀藩士・ 山本常朝が書いてから、200年以上たった太平洋戦争前後だったということ。だから、
「 武士道と云ふは、死ぬ事と見つけたり」を、まるで、戦争に行く若者に死んで来い、、、というような解釈で広まった、という話。
もちろん、本来の言葉の意味はそうではなかったろう。それは、新渡戸稲造の『武士道』の中にもでてくる。いつ死んでもいい、と思えるくらい、毎日を一生懸命生きろ、的なことだ。
著者は、第1章の「武士」の誕生のところから、「古事記」にしても、「平家物語」「太平記」といったものにしても、都合のいい所ばかりを語り継がれてきた、と言っている。だから、歪曲だと。
まぁ、、、そもそも、そこに、「事実」をどれだけ求めていたか。。。物語になったところで、それは、色々脚色されるだろうし、だからと言って、物語の中に出てくる勇敢な武士たちを、捏造、といってしまったら、、、、なんて味気ない、と私は思う。
だから、いいじゃない。史記の類が、いいことばかりを抜粋していたって、何の不思議もない。書いた人、語り継いだ人に都合よく変化していたって、なんにもおかしくない。それは、いつの時代にも起こりえることだと思う。
まぁ、だから、私は歴史の教科書というのは、そんなに信じていないのだ。。。。嘘は書いていなくても、事実なのに書かれていないことがあれば、解釈は偏ったものになってしまう。それだから、教科書は悪いと言っているのではない。そもそも、私たちが手に入れ得る情報というのは、偏っている可能性があるということ。
それを、捏造とか、歪曲とかいっちゃってもねぇ、、、という気がする。
武士の登場から、戦国時代、戦う必要のなくなった江戸時代、、、そういう時代の中で、武士のありよう、武士道が変わってきたというのは、それはそうだろうと思う。
さまざまな思想家の名前がでてくるので、社会学史の勉強にはなる。けど、文献がついていないので、、、気になる人の名前がでてきたら、自分で調べる、、、という使いかたとして。
ちょっとだけ、キーワードを覚書。
・新井白石:正徳の治。朱子学。イタリア人宣教師シトッチの影響を受けた可能性あり。孫子を批判。
『韃靼の馬』で、その堅物ぶりがでてきた。
・荻生徂徠:古楽。朱子学批判。道徳性と政治性は分けて考えるべき。孫子を肯定。
・佐藤一斎:『言志禄』
そういえば、最近、手にしていない。。。また、ブログ記事を再開しようかな。
・佐久間象山:「 東洋の道徳 、西洋の芸術(技術)」
・井上哲治郎:教育勅語を政治概念へ。
・和辻哲郎:『日本倫理思想史』。
和辻さんと言えば、『古寺巡礼』とおもっていたけれど、、、倫理とか思想のひとだったのだ。。。
・『甲陽軍艦』:甲斐武田の分国法。日本初の分国法。
〇〇式目とか、分国法とか、五箇上の御誓文も、、、日本人は、ルールを作るのが好きだったのだろうか?御成敗式目や分国法を作った時代には、まだ、西洋の思想の影響は少なかったはず。中国の影響だろうか?
まぁ、権力を掌握するには、「ルール化」は、便利だったのだろう。
本書の中では日本初の分国法である甲斐の話が出てくるのだが、言うほどみんなが節として「自敬」のこころをもっていたわけではない、、、と武士道的評価を否定するのにでてくる。
ルールというのは、有ったからと言って、全員はそれを肯定しているとは限らない。それはいつの時代も同じこと・・・・。
殉死という考え方と、「集団自決」は違うだろう、ということも本書で指摘されているのだが、それはたしかにその通り。北条高時が800人の家人と死んだというのも、みんなが高時と共に殉死したというより、もう、、やむにやまれず集団自決、、、だろう。
乃木希典の場合は、まさに「殉死」。明治天皇が亡くなり、自分の生きる義務も話した、、という気持ちだったのかもしれない。
まぁ、なにが武士道なのか。。。
それは、新渡戸稲造の『武士道』を武士道と思う人がいれば、『太平記』に武士道の面影を見る人もいるだろうし、さまざま。忠臣蔵は、武士でない民衆がサラリーマン武士を嘲笑った、、、ということで人気になったというのだが、果たして、何割の人が、武士を笑ったのか?そういう人もいたかもしれないけど、、。
解釈は、さまざまである。
本書の解釈も、様々なはず。
大事なのは、偏った情報で判断しない、ってことかな。
やっぱり、多くの情報に触れるということが大事。
それが、誤情報や偽情報に騙されないための自衛の策でもある。
だから、読書は、武器になる。
だから、読書は、楽しい。
