『宴のあと』 by 三島由紀夫

宴のあと
三島由紀夫
新潮文庫
昭和44年7月20日発行
令和2年2月5日 78刷
令和2年11月1日 新版 発行
*この作品は 昭和35年11月 新潮社より刊行された。

 

三島由紀夫の作品だけれど、読んだことがあるのかないのか、、定かでなかった。図書館でふと目に入ったので、借りてみた。実際の政治家をモデルにしたとして、裁判沙汰になった作品。結果的には、東京地裁三島由紀夫(平岡公威 ひらおかきみたけ)に80万円の損害賠償を命じたけれど、謝罪文の要求は却下されたようだ。そんなこともあって、三島の作品の中でも有名なものだとおもうけれど、はっきりと内容を覚えていなかった。読んだとしても、高校生か大学生か、、、当時の私にはちっとも面白くなかったかもしれない。

 

裏の説明には、
” もはや恋愛とは無縁だと思っていた料亭の女主人福澤かづは、ある宴席で独り身の野口雄賢(ゆうけん)に強く惹かれた。熱情と行動力を備えたかづと、誇り高き元外相の野口は奈良への旅を経て、結婚する。野口は請われて革新党候補となり、 夫妻は選挙戦に身を投じることに。 モデル問題で揺れた作品ながら、 男女の浪漫の終焉を描いた小説として、 国内外で高く評価された。
政治と情事とは瓜二つだった。
都知事選をモデルとし、日本初のプライバシー裁判に。” とある。

 

昭和35年の作品であって、都知事選の実際の候補者をモデルにしていると言われても、私にはまったくピンとこないのだ・・・。裁判の原告は、有田八郎だそうだが、名前も知らなきゃ、顔もわからない・・・。なので、わたしにとってはあくまでも一つの小説としてしか読めない。だから、楽しめた、、、ともいえる。

 

感想。
おもしろい!
やっぱり、三島由紀夫、面白過ぎる!!!
275ページの文庫本なので、あっという間に読める。途中、移動しなくてはいけなくて中断したけれど、それが無ければ一気読みだったと思う。

 

そして、これは、今の私だから面白いのであって、やっぱり、10代、20代でよんでも、50代で読むほどは楽しめないだろう、と思う。だいたい、「男女の浪漫の終焉」というけれど、女50代、男60代の話。別に不倫ではない。普通に、独り者の女が、妻を亡くして独り者だった男と恋に落ちる。いや、、、恋に落ちたごっこを楽しんだ、、、というのか。。。

 

私には、主人公の「かづ」の行動が、よくわかる。熱情に任せて、一つのことに全集中してしまう感じ。仕事でも、男でも、自分にでも。惚れた男につくしている自分に酔っている。結局、自分が一番大事なのではないかとおもう。最後は、男より自分の作ってきた自分の世界へ戻ることを決めるかづ。私がかづでも、きっと同じ道を選んだだろう。やり方はかづほど大胆にはできないけれど、、、。

 

以下、ネタバレあり。

主人公は、小石川で料亭「雪後庵」を営む福沢かづ。50代の独身女。雪後庵は政治家たちが集う料亭。保守党の永山元亀は、そのうちの一人で、かづを娘のように可愛がっていた。そんな保守党が集う雪後庵で、開かれたとある会に参加してきたのが、元外相の野口雄賢、60代。空気を読む発言の多い政治家の中、野口は寡黙であり、かつ、いうべきことを口にする男で、かづはすぐに野口に惚れる。

 

集まった老獪たちが、あれよこれよと昔の自慢話でもりあがっているなか、野口は、
「もう過去の話はよしにしよう。われわれはまだ若いんだから」と口をはさむ。シーン。。。空気を読まない男ともいえる。そんな野口に、かづは惚れた。

 

”「この方は、本当にいいにくいことを立派に言える方だわ」とかづは思った。この一言で、一座の光輝が忽ち色あせて、水をかけられた焚火のように、黒い湿った灰がいぶっているにすぎなくなった。1人の老人が咳をした。咳の後の苦し気な永い喘鳴が、皆の沈黙のあいだを尾を引いて通った。”

 

うまいこと、書くなぁ、、、、って思っちゃう。


そして、咳をする老人。天使をとおすことをしらない政治家・・・。

megureca.hatenablog.com

 

そして、その時に、環という男が突然トイレで倒れてしまう。そんな事件もあって、かづと野口は距離を縮め、出会って半年後には結婚することとなる。

 

と、結婚したころに、野口が革新党から東京都知事選に立候補する話が進む。物語の中盤は、夫の選挙活動のために、夫の知らないところで党の担当といっしょになって、大胆かつ積極的に動くかづについて。野口の妻として、かづは人気を高めていく。一方、堅物な野口は倫理と論理に基づいた静かな選挙戦をすすめる。かづは、自分の店を抵当に入れてまで、選挙資金を作っていた。かづが勝手に選挙法違反になりそうな宣伝広告をしていることに激昂し、かづに自宅待機を命じる野口だった。

 

「おまえは施せば人が喜ぶものと思っている。それが大きな間違いだ。お前がつまらんところで心づけを弾めば弾むほど、相手からはおまえの誠意をうたがわれるということがどうしてわからん。僕の仕事の性質から云っても、地味にしていて、人の本当の信頼を得なければならんのだ。成金根性ははやく直しなさい」

 

野口のいうことは、これまで雪後庵の客だった保守党政治家のいうこととはちょっと違っていた。かづには、どちらが正しいのかわからなかった。

 

そして、かづがかってに選挙活動をしないよう、雪後庵を閉鎖し、売り払うことをかづに承諾させる。

 

そして、選挙間近になって、かづの過去を「男を踏み台にしてのし上がった女」という暴露記事がだされたり、「野口は危篤」とガセの不健康情報を流されたりする。結局、野口は、選挙に負ける。

 

選挙に負けた野口夫妻は、都心の家を引き払い、郊外でのんびりとくらそうとする。そこに描かれているのは、陶淵明の「帰去来辞」だの、楽天の「四十五」の詩句を思い浮かべる野口。

そうか、陶淵明というのは、隠遁の代名詞くらい有名な人だったんだ・・・・。

megureca.hatenablog.com


そんななか、雪後庵の売却は上手く進んでおらず、かづは、かつての客たち、つまりは保守党のメンバーの力で、雪後庵を取り戻そうと画策する。もちろん、夫にはだまって。そして、かづは雪後庵を取り戻すことに成功する。そして、それは同時に、、、野口の政治観からすると、それは、かづの姦通だった。。。。

 

かづが保守党の力をかりて雪後庵を取り戻したことをしった野口は、再開を放棄する気が無いのならば、「我々の間はこれっきりとおもっておもわなくてはならん」とかづに宣言する。

ふたりがそれぞれにこれまでの人生を回想する。

そして、かづが出した答えは、
「致し方ございません。雪後庵は再開いたします。」

1年ほどの結婚生活だった。選挙がなければ、仲睦まじく添い遂げたのか、、、。

 

熱情に生きるかづ、理性で生きる野口。50代と60代だったからこそ、まぁ、こういう相手との時間もいいかもしれない、、と思えたのかもしれない。そして、あっさり結婚解消。。。人生の落ち着き場をみつけたかった野口。かづも、心のどこかでは自分の墓場を探していた。でもかづにとっては、、、まだ、終焉ではなかった。

 

いかにも、、50代になっている今だからしみじみと面白い。人生後半に足を突っ込んでいる人が読むのと、若者が読むのでは、面白さが違うだろうな、、って思う。

 

「宴のあと」の宴とは、ただの宴会ではなく、人生の宴だったってことかな。

かづの宴はまだまだ続く、、、、。

 

うん、タイトルもいいな・・・・。

 

やっぱり、三島由紀夫は面白い。

読書は楽しい。